初めての馬券は勝ち負けよりも
間違ってカテゴリをミステリーに変更してしまってました。
既に元に戻しましたが、今後はこのようなことが起こらぬよう気をつけます。
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発売機が並んでいるところに戻ると、秋樫さんはバックの中から革製の折りたたみ式カードケースを取り出した。
淡い桜色をした可愛らしいそれを開くと、中にはマークシートらしき紙が何枚かとクリック付きの小さな鉛筆が入っていた。
「秋樫さん、それは?」
「馬券の投票用紙です。こちらに応援したい馬と買いたい券種を記入して、券売機に入れることで初めて馬券を購入することができますよ」
「へえ、そうだったんだ」
なんかぱっと見だと宝くじみたいだ。
そんな感想を抱いたところで、ふとある違和感に気づく。
「……あれ? でも秋樫さん、さっきのレースだとこれ使わないで馬券買ってませんでした? そもそもスタンドで購入を済ませていたような……」
「私はネットで買えるようにしてますから。なので、スマホ一つでどこからでも馬券の購入ができるんですよ。今、菊月さんにお渡しした用紙を持ち歩いてるのは、応援馬券を手元に残す為だったり、スマホが使えなくなったといった不測の事態に備えてのことです。一応、投票用紙は競馬場にも大量に置いてあるのですが、やはり常に手元にあった方が何かと便利なので……」
「なるほど、そういうことだったのか。それにしても……投票用紙を持ち歩いてるなんて用意周到ですね」
「はい! だって、いざという時に馬券が買えない時ほど悲しいことなんてないじゃないですか!」
そこで買わないという発想にはならないんだ。
ここまで来ると、最早執念だよ。
内心ちょっとだけ慄きつつ、近くの記入スペースまで移動すると、秋樫さんが投票用紙と鉛筆を僕に手渡してきた。
「それでは、馬券を購入してみましょうか。マークカードへの記入の仕方はやりながら教えますので」
「はい、よろしくお願いします。秋樫先生」
冗談混じりに頭を下げれば、
「いえいえ、先生だなんて……! えっと、こちらこそ不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします……っ!」
秋樫さんも慌てながらも深々と頭を下げ返した。
やっぱり、こういう所作は本当にしっかりしてるんだよなあ。
だからこそ普段とのギャップの差に驚かされてばかりなんだけど。
それから投票用紙と鉛筆を受け取り、テーブルに投票用紙を置けば、秋樫さんがずいと身を寄せ、僕のすぐ隣に立った。
「では、まずは場名のところは中山を塗り潰してください。そしたら、次はレース番号ですね。次は12レースなので、12のところを同じように塗り潰してください」
秋樫さんに言われるがまま淡々と記入を進めていく。
けれど、僕の内心は穏やかではなかった。
というのも、秋樫さんとの距離がかなり近いからだ。
それに仄かに桜のような甘い香水の匂いもするしで凄くドキドキする。
向こうはどう思って……あー、うん、全然そんな気配がないや。
というか、無自覚っぽそうだね。
僕に目をくれることなく真っ直ぐと投票用紙を見つめる秋樫さんを見れば一目瞭然だ。
「……どうかしましたか?」
「ああ、いや、気にしないでください。それで次の式別っていうのは、どれを選べば……?」
「うーん……やっぱり初めてであれば単勝がおすすめですかね。名前の通り一着に来る馬を当てる券種で単純ですが、全ての基本となる奥が深い馬券となっています。それこそ馬券は、単勝に始まり単勝に終わると言っても過言ではありません……!」
「おお……! じゃあ、それで」
単勝のところを塗り潰し、下準備が終わったところでようやく本題の馬選びに入る。
「どの馬に賭ければ良いんだろう……」
安定を取るなら一番オッズが低い馬を選ぶべきなんだろうけど、そもそもどの馬が人気なのかも分からないしなあ。
……うーん、僕一人だと決めれそうにないな。
直感で決めてもいいけど、ここはやっぱり——、
「ちなみに秋樫さんのおすすめはどれですか?」
「私のおすすめ、ですか。悩ましいところですが……やはり、十二番のクリスタルメモリーですね。三番人気の単勝オッズ6.0倍。枠順関係、想定されるレース展開、それから若手騎手から以前、未勝利戦を突破した時に騎乗していた富樫騎手への乗り替わりといった諸々の要素を鑑みた結果、この子が一番勝つ確率とオッズ妙味があると考えました。先ほどは富樫騎手に泣かされてしまいましたが、私はこの子と富樫騎手に一縷の望みを懸けたいと思っています……っ!」
「……なら、うん。僕もそうしようかな。真似しちゃっても大丈夫ですか?」
確認を取れば、秋樫さんは、「ええっ!?」と声を上げて慌てふためいた。
「えっと……真似されるの嫌でした?」
「ま、まさか! それは全然構わないのですが……良いんですか、私のおすすめで。 その……自分で言うことではないのですけど、私……さっきのレースもその前のレースでも負けているんですよ? それでも本当によろしいのですか?」
なんだ、そういうことか。
拒絶されなかったことに安堵しつつ、僕は小さく笑って答える。
「はい、構いません。僕にとっては勝ち負けはそんなに重要じゃないので」
無論、当たればお金になるから、勝つに越したことはない。
けれど、それ以上に大事にしたいことがある。
「人生で初めて買う馬券なんです。どうせだったら、秋樫さんと一緒に喜んだり落ち込んだりしたいなって」
それに、そっちの方が思い出になりそうですしね。
付け加えれば、秋樫さんは暫しの間、目を丸くしていたが、
「………………ふふっ、そうですね。では、一緒に買いましょうか。そして、勝って気持ちよく帰りましょう!」
やがて嬉しそうに微笑むと、意気込み、きゅっと両手を握りしめてみせた。
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