自殺しようと入った廃ビルの屋上には煙草を吸っているお姉さんがいた
暇つぶしだー
第1話 運命
「あら、もう学校に行くの?」
「うん、今日も早く行かないと駄目なんだ」
「そう、気を付けて行ってらっしゃいね」
「うん、行ってきます」
洗面所で仕事に行く準備をしている母に挨拶をし、俺は玄関を開けて家を出た。
「……暑」
外に出るとこの世のものとは思えない熱気が襲って来た。
夏休みの時期に入って暑さが一段と増した気がする。
さっきまで冷房の効いた部屋の中にいたから余計にそう感じる。
「でもまぁ、家にいるよりはマシか」
俺、
それは、両親の不仲だ。
家に両親が揃ってる時は常に喧嘩していて雰囲気は最悪、どちらか片方しかいない時でもいない方の悪口に同意させられる。
だから俺は家にいる時間を減らしている。
今日のように早く学校に行ったりして。
「かといって、学校が楽しいわけでもないんだよな」
友達がいないわけでは無い、むしろ多い方だと思う。
ただ、心から友達と呼べる存在がいない。
可笑しいでしょ?人の輪の中にいるのに孤独なんだ。
「はぁ、死にたい」
つい口からそんな言葉が出た。
自分でも驚くほど無意識にだ。
ただ、それは驚くほど甘美な言葉だった。
それより先は考えては駄目だ。理性では分かっているのに、考えるのを止まられない。死んだときのことを考えてしまう。
もし俺が死んだらどうなるだろう?
両親は悲しんでくれるだろうか?
友達は?クラスの皆はどんな反応をするだろう?
もしかしたら泣いてくれるかもしれない。
両親は喧嘩を止めるかも………
俺は?俺はどうなる?
夜に両親の喧嘩を聞かなくてもよくなる。
ご飯を食べて吐くこともなくなる。
寝たいのに寝れないなんてこともなくなる。
常にある頭痛もなくなるだろう。
両親の愚痴もきかなくてよくなる。
無理して話を合わせる必要もなくなる。
無理して笑わなくてもよくなる。
周りが求める自分を演じなくてもよくなる。
それから………もう、悩む必要もなくなる。
「ハハッ、イイことバッカリじゃン」
俺は意識的ににある方向に向かって歩き出していた。
感情で歩き出した俺を、理性が必死に止める。
『やめろ!思いとどまれ!』
「何を?」
『自殺をだよ!』
「何で?」
『は?』
「何で?なんで死んじゃだめなの?」
『それは……』
「もう、疲れたんだ。お前も分かるだろう?3年だ、3年耐えたんだ。もういいじゃないか!死んで楽になっても」
『で、でも生きてれば』
「良いことがある?」
『あ、ああ』
「無かったじゃん、良いこと。父さんも母さんも全然仲良くならない。漫画やアニメみたいな親友だって作れなかった。」
『………』
「充分生きたんだ!どれだけ辛くても、悲しくても、頑張って生きてきた!生きてればいつか良いことがあるって。でも無かった。もう、限界なんだよ!!!!」
「頼むから、邪魔しないでくれ。俺だけは、俺だけは俺の味方でいてくれよ!!!!!!!頼むよ………」
『声』は聞こえなくなった。
俺は歩き続けた。
向かう先は街のはずれにある廃ビルだ。
自殺するにしても、他人にあまり迷惑をかけたくない。
駅や人がいる交差点は駄目だ。
ただ、廃ビルなら、廃ビルのある地域なら大丈夫だろう。
あそこでは4年前にとある女子高校生が自殺した場所だ。
それ以来女子高校生の幽霊が出ると人が近づかない場所になった。
その女子高校生は同級生からいじめられていたらしい。
担任に相談したが、自身のクラスでの不祥事を隠したかった担任はその女子高校生の相談を無視した。
結果、先生の干渉がないことを知った同級生たちの理性のブレーキが壊れた。
いじめはより凄惨なものとなり、耐えきれなくなった女子高校生は自殺した。
今、俺の目の前にある廃ビルの屋上から身を投げて。
先程の女子高校生の話を思い返したからか、少し理性が戻った。
『やっぱり自殺は駄目だよ』
「そう………だよな。だって俺は自殺した女子高校生ほど酷い状況にいない」
『うん。だから今日は帰ろう。帰って頭を冷やそう』
「帰る………帰る?あの地獄に?嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」
『お、おい』
「もう、嫌なんだ」
俺は再び理性を振り払い、廃ビルの中に入り、屋上を目指した。
屋上には建物の外にある螺旋階段のようなものから行けた。
一段登るたびに自分の寿命が減っていっている。不思議な気分だ。
長い階段を登りきり、屋上への扉を開ける。
そこには、煙草を吸っている一人の女性がいた。
駄目だ、ここで自殺したらあの人に迷惑がかかる。
そう考え、俺は別の場所を探しに階段を下ろうとしたとき、
「待って」
煙草を吸っている女性に呼び止められた。
「君、自殺するつもりでここに来たでしょ」
心臓が跳ねた。混乱した。
無視して下ればよかった、だけど、聞き返してしまった。
「なんで?」
と。
「君の「なんで」がなんで自殺するか分かったの?って意味なら同じだったから」
「同じ?何が?」
「目だよ。4年前ここで自殺した妹の目と」
「………え」
「だから呼び止めた。もう、人が死ぬのはたくさんだから」
そう言うと、煙草の女性は混乱する俺の方へ歩き出して、俺の前に来たかと思ったら、俺を抱きしめた。それもかなり強い力で。
「お願いだから、死なないで。生きるのを諦めないで、辛かったら、頼って」
俺にではない、自殺した妹に向けるような言葉を発するお姉さんを前に、俺はどうすることも出来ずただ女性のされるがままになっていた。
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