第23話 領主に捧げられる少女(3)

***(※ご注意)以下、未遂ではありますが、いやらしい男爵様の描写があります。お気をつけください。



「サラ……」


 ドアが開く音がして、誰かが部屋に入ってきた気配を感じると、アドリアーナは振り返った。


 部屋の中は薄暗い。

 しかし、部屋に入ってきた男がバークリー男爵であることは、疑いないだろう。


 アドリアーナはショックだった。


『バークリー男爵に会いに来ました』


 そう言っただけで、男爵邸の使用人達は、あっさりとアドリアーナを屋敷内へと迎え入れたのだ。


 アドリアーナの素性をしっかりと確かめることもなく、「金髪だな」「あの、サラとかいう娘か」「一人で来たのか? 案外しっかりとした娘だ」、そんな会話をのんびりと交わしながら、あっさりとこの部屋へ連れてきて、鍵をかけた。


 何度も何度も、こんなことが繰り返されているのが、うかがえるような、そんな様子だった。


「サラ、ピンクのドレスがよく似合うな。私が買ってやったドレスを着て来るとは、なかなかいじらしいではないか? さあ、こっちへ来て、もっと顔を見せておくれ」


 やせて、率直に言えば貧相な男が、自分に向けて手を伸ばしてくる。

 薄暗がりの中で、男のピンと跳ねた口ひげが見えた。


 アドリアーナはごくりと喉を鳴らした。

 若い娘としての、本能的な恐怖感が込み上げてくる。

 しかし、かすかに震えるその様子は、バークリー男爵を喜ばせるばかりだった。


「サラ、いい子だね? 可愛くて、きれいな子だ。ドレスを脱いだら、もっときれいだよ? 裸になって、私の前に立ってくれないかな? 可愛がってあげよう———」


 バークリー男爵の手が、アドリアーナのドレスの胸もとにかかった。

 不器用に体を撫でるやせた手。

 嫌悪感で体が震える。


「怖がることはないよ、子猫ちゃん。裸におなり。私の前でね、裸に、裸……え?」


 バッシ———ン!!!


 鋭い音がして、バークリー男爵の手が止まった。

 じんじんと痛む手をさすって、男爵はいったい何が起こったものだろう? と首をかしげた。


「……何が子猫ですか。いいかげんになさいませ。仮にも領主ともあろう者がはしたない。今までこのようなことを何度繰り返したのです?」


 若い娘の怒りに満ちた声に、バークリー男爵はきょとんとしている。

 アドリアーナは心を決めて、ゆっくりと顔を上げた。


「…………メガネ?」


 おそらくそれが、バークリー男爵の記憶の最後だったかもしれない。


 アドリアーナは、そっとメガネを外す。

 赤い瞳が、ひたりと、バークリー男爵の目を見つめた。

 バークリー男爵が震え、やがてその目つきがとろんとしてくる。


「バークリー男爵、お願いがあります」


 アドリアーナは微笑みながら言った。


「初夜権を廃止しなさい。そして、領地の人々の前に宣言するのです。本気であることの証拠に、裸になって、領民の皆様に心から謝罪するのです」


 バークリー男爵はうなづいた。

 くるりと振り返ると、そのまま部屋を出て行く。


 バークリー男爵の頭の中では、アドリアーナから受け取った命令が、ぐるぐると響き渡っていた。


『し ょ や け ん を は い し し ろ』

『は だ か に な っ て お わ び し ろ』


 アドリアーナは息をひそめて、成り行きを見守っていた。

 バークリー男爵はぶつぶつ呟きながら、寝室を出て行った。


 アドリアーナは、そろそろとメガネを再び装着する。


「だ、大丈夫ね……?」


 レイヴンがアドリアーナに教えた合図はふたつ。

 ひとつは非常時に。

 渡された小さな黒の玉を床に叩きつける。

 そうすると、一瞬部屋を明るくするほどの光が生まれるはずだった。


 もうひとつは、無事に終わったら、脱出の合図をする。

 アドリアーナは窓辺に寄ると、コツコツと二回、窓ガラスを叩いた。


「!」


 間髪を入れずに窓が開いた。

 レイヴンが落ち着いた表情で、アドリアーナにうなづきかける。


「おいで。すぐにここを出よう」

「はい」


 レイヴンはアドリアーナに手を差し出した。

 アドリアーナは迷わずレイヴンの手を取る。

 レイヴンはアドリアーナの体を抱くと、柔らかく地面に着地。

 そのまま、レイヴンはアドリアーナの手を引いて、闇の中へと消えていった。


 一方、屋敷の中では、すでに騒ぎが始まっていた。


「領主様!! どうかなさったのですか!?」


「ええい!! 早く馬を用意せよ! 今すぐ広場に行かなければ……! 領民に詫びるのだ!! 初夜権は、廃止するっ! 早く、馬を用意せよと言っているのが、わからないのか———っ! 子猫ちゃんのご命令なのだっ!!」


「領主様、しかし、なぜお洋服を脱いでしまわれたのですか!? 落ち着いてくださいっ!! 誰か、マントを持って来いっ! いや、パンツが先だっ! あぁ〜領主様、はしたないっ!! せめてパンツをはいてくださいませ———っ!!! パンツ———っ!」



 それからの出来事は、長い間、バークリー男爵領で語り継がれることになった。


 なぜか、あの悪名高かったバークリー男爵領の領主、バークリー男爵が裸になって、町の広場の真ん中で土下座し、領民にお詫びをしたのだ。


 バークリー男爵は、初夜権の廃止を宣言した。


 突然、自分達の領主に何が起こったのか、なぜ、裸になって詫びることにしたのか、領民達にはさっぱりわからなかったが、初夜権の廃止は大歓迎すべきことである。


 心やさしい領民達は、困惑しつつも裸の領主にマントを着せかけてやり、丁重に領主館まで送って行ったということである———。

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