第23話 真実の盾と、次なる座標

 闘技場の熱狂が、嘘だったかのように静まり返った宿屋の一室。

 テーブルの中央には、今しがた手に入れたばかりの『真実の盾アークライト』が、黄金の輝きを放っている。そのあまりの美しさに、ヒトミは感嘆のため息を漏らし、タカシは「すげえ…」と目を輝かせていた。


「やったな、アキラ! これで、オレたち、神器ゲット一番乗りだぜ!」

「ええ。本当に、見事な勝利だったわ」


 タカシとヒトミは、心から勝利を喜んでいた。

 だが、アキラだけが、血の気の引いた顔で、黙りこくっていた。その目は、盾を見つめているようで、その遥か向こうの、底知れない何かを見ているようだった。


「アキラ?」

 ヒトミが、彼の異変に気づいて声をかける。

「どうしたの? あなたが、この勝利の一番の功労者でしょう?」


 アキラは、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、勝利の喜びではなく、今まで見たこともないような、深い恐怖と、そして、それを上回るほどの、激しい闘志が宿っていた。


「…見えたんだ」

「え?」

「この盾に触れた瞬間、オレの頭の中に、直接、流れ込んできた。あの『観測者』アインの、姿と声が…」


 アキラは、先ほど見た光景――果てしない宇宙と、そこに浮かぶ、巨大な光の輪。そして、脳に直接響いた、無機質な声のことを、二人に語った。


『…脅威オブジェクト、確認。…世界変数、再計算……』


 その言葉の意味を、アキラはゲーマーとして、痛いほど理解していた。

「今までは、オレたちは、ゲームのルールの中で、ただがむしゃらに戦う、イレギュラーなバグでしかなかった。でも、この神器を手にしたことで、オレたちは、ついに、アイツのシステムに『敵』として認識されたんだ。アイツは、今この瞬間も、オレたちを排除するために、この世界のルールを、盤面を、作り変えているはずだ」


 部屋の空気が、一変した。勝利の甘い空気は消え去り、肌を刺すような、緊迫感が満ちる。

「なんだと…? あの神様、オレたちのこと、もうロックオンしてやがるのかよ!」タカシが、怒りに拳を震わせる。

 ヒトミは、ゴクリと唾を飲んだ。「…なんてこと。私たちは、神のチェス盤の上で、名指しで狙われる駒になってしまったというの…?」


 アキラは、ふと、酒場の店主の言葉を思い出した。

(――『真実の盾は、持ち主だけじゃなく、周りの人間の欲望まで、根こそぎ暴き出しちまう』)


 アキラは、意を決すると、盾を手に取った。そして、その輝く鏡面に、仲間たちの姿を映した。


「…!」


 そこに映っていたのは、いつものタカシとヒトミではなかった。

 タカシの姿は、まるで燃え盛る炎のような、真っ直ぐで、熱い、純粋な「勇気」と「忠誠」のオーラに包まれていた。

 ヒトミの姿は、どこまでも深く、静かな海の底のような、穏やかで、計り知れない「叡智」と「慈愛」のオーラを放っていた。

 それが、二人の魂の、本当の姿。


 アキラは、思わず笑みがこぼれた。

(なんだ。オレの仲間は、オレが思ってたより、ずっと、すげえ『レアカード』だったじゃないか)


 そして、彼は、盾を部屋の扉へと向けた。

 すると、盾の鏡面には、廊下にいるはずのない、三つの、どす黒く、歪んだ影が映し出された。それは、金と、嫉妬と、暴力といった、醜い欲望の塊だった。

 闘技会で敗れた者か、あるいは、盾の噂を聞きつけた悪党か。すでに、外には、獲物を狙うハイエナたちが集まり始めていた。


「…長居は、無用みたいだな」


 アキラは、魔法のコンパスを取り出した。

 闘技会を制したことで、コンパスの針は、その役目を終えて静止している。アキラが、神器の力をコンパスに注ぎ込むと、新たな光の針が、ゆっくりと形を結び、全く新しい方角を指し示した。


 ヒトミは、その方角と地図を照らし合わせ、息をのんだ。

「これは…! 大陸の東、海を越えた先にある、『霧の島』を指しているわ。古の言い伝えでは、滅びた王国の亡霊が、霧の中で永遠にさ迷い続けている、呪われた島よ…」


「亡霊の島、か。面白そうだぜ!」

「次の神器は、そこにあるってことだな」


 彼らのやるべきことは、決まった。

 この街に留まることは、もはや、敵に塩を送るようなものだ。


「よし、聞け」アキラの声が、部屋に響く。「夜が明けたら、この街をずらかる。敵の監視の目をかいくぐって、港へ向かうぞ。次の対戦相手は、亡霊か、それとも、神様が送り込んでくる新しい駒か…。どっちにしろ、オレたちのゲームは、まだ終わっちゃいない!」


 神器を手にしたことで、彼らは、より巨大な脅威にその存在を知られてしまった。

 だが、その手には、仲間という、何よりも信頼できるカードがある。

 アキラは、『真実の盾』を背中に固く結びつけた。その輝きは、まるで、これから始まる、本当の戦いを祝福しているかのようだった。

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