第17話 砂漠のルールと、最初の情報(インテル)
灼熱の城塞都市、カラト・アルナフル。
その一歩内側は、アキラたちが想像していた以上の、混沌と活気に満ちていた。
城門をくぐった瞬間、彼らは熱気と、喧騒と、未知の匂いの渦に飲み込まれた。
「うわっ、なんだこれ!」
タカシが叫ぶ。
大通りには、色とりどりの天幕がひしめき合い、露店が並んでいる。店先には、輝く宝石、奇妙なデザインの武器、山と積まれた色鮮やかな香辛料。ロバに混じって、巨大な二足歩行のトカゲが荷物を運び、ターバンを巻いた商人たちの、威勢のいい声が飛び交っていた。
「ヘイ、そこのお嬢ちゃん! 厄除けの腕輪、一つどうだい! 旅の安全を、女神様が保証してくださるぜ!」
「へえ、きれい…」
ヒトミが、美しい銀細工の腕輪に目を留めた、その時だった。彼女の背負っていた鞄に、すっと伸びてくる小さな影。スリだ。
だが、その手が鞄に触れる寸前、アキラの手が、影の手首をがしりと掴んでいた。
「…!」
「残念。その手は、オレには見えてたぜ」
アキラは、驚く浮浪児の手を振り払うと、何も言わずにその場を離れた。
(ダメだ。この街は、ローデリアとは盤面のルールが違いすぎる。一瞬でも気を抜けば、カードを抜き取られる。まずは、この街の『環境』を分析しないと)
アキラは、人通りの少ない路地裏へと二人を導いた。
「いいか、二人とも。この街では絶対に目立つな。タカシ、お前は特に、すぐにカッとなるなよ。ヒトミは、お金の入ってそうな鞄を、不用意に見せるな」
「むっ…分かってるわよ」
「分かってるって!」
アキラは、まるで戦場にいる時のように、真剣な顔で言った。
「『神器(アーティファクト)はどこだ?』なんて、絶対に聞くな。そんなことをすれば、『オレたちは、とんでもないレアカードを持ってます』って宣伝して回るようなものだ。カモがネギ背負って、いや、デッキケース丸ごと背負って歩いてるようなもんだぞ」
「じゃあ、どうするんだよ?」タカシが聞く。
「情報収集だ。まずは、この街の『伝説』や『噂話』を集める。そういう情報が集まる場所…酒場か、旅人が集まる宿屋が一番だ」
アキラの的確な判断に、ヒトミも頷く。彼のカードゲームで培われた「盤面を読む力」は、こういう状況でこそ、真価を発揮していた。
三人が探し当てたのは、「砂クジラの顎(あぎと)」という、ひときわ大きな酒場だった。
中に入ると、むっとするような熱気と、酒の匂い、そして様々な言語が入り混じった騒がしさに包まれる。屈強な傭兵、抜け目のない顔つきの商人、フードを目深にかぶった怪しい冒険者。まさに、ありとあらゆる「カード」が揃った、情報戦の最前線だった。
三人は、なるべく目立たない隅の席に座ると、ヤギの乳と干し肉を注文した。そして、ただひたすら、周りの会話に耳を澄ませる。
「…今度の隊商(キャラバン)は、儲かりそうだぜ」
「北の岩場に、サンドワームが出たらしい。討伐依頼の金が、また上がるな」
「それより聞いたか? 三日後の『闘技会』の話を…」
『闘技会』。その言葉に、アキラはピクリと反応した。
彼は、意を決すると、席を立った。そして、一人でカウンターへと向かう。そこには、顔に大きな刀傷を持つ、百戦錬磨といった風情の、いかつい店主がグラスを拭いていた。
「…おや、坊主。何か用かい」店主が、低い声で尋ねる。
アキラは、緊張を顔に出さず、練習した通りの、丁寧な口調で言った。
「マスター。オレたち、遠い国から来た学者なんだ。この街の、一番古い『伝説』に興味があって。この街の子供なら、誰でも知ってるような、そんなお話って、何かあるかな?」
伝説の盾のことは、一言も口にしない。ただ、純粋な知的好奇心を装う。その、子供らしからぬ、しかし、嫌みのない聞き方に、店主は少しだけ目を見開いた。
「…へえ。面白いことを聞く坊主だ。伝説、ねえ。それなら、この街を作った初代領主、ナフル王の話しかあるめえ」
「ナフル王…」
「ああ。王は、それはそれは勇猛で、心の清いお方だったそうだ。そして、王が生涯、肌身離さず持っていたのが、この街一番の宝…『真実の盾』さ」
アキラの心臓が、大きく跳ねた。ビンゴだ。
「その盾は、持ち主の魂を映し出すと言われてる。清い心を持つ者が持てば、太陽より眩しく輝き、邪な心を持つ者が手にすれば、たちまち錆びついて、己の醜い欲望を映し出す、ってな」
「その盾は…今、どこに?」アキラは、逸る気持ちを抑えて尋ねた。
店主は、ニヤリと、意味ありげな笑みを浮かべた。
「毎年、この街で一番強い戦士を決める、『奉納闘技会』ってのがある。その優勝賞品として、代々、王家から貸し出されるのさ」
ついに、神器のありかが判明した。だが、店主は、忠告するように付け加えた。
「――闘技会は、三日後に始まる。だが、忠告しとくぜ、坊主。あの盾を手に入れた者は、ろくな死に方をしねえ。その『真実』とやらは、持ち主だけじゃなく、周りの人間の欲望まで、根こそぎ暴き出しちまうんでな。盾を巡って、これまで何人死んだか…」
アキラは、礼を言って席に戻った。
ヒトミとタカシに、今聞いた話を伝える。二人の顔に、緊張が走った。
神器は、厳重に隠されているわけではなかった。だが、その入手方法は、あまりにも過酷で、血なまぐさいものだった。
「闘技会…。つまり、一番強いヤツが、盾を手に入れられるってことか」
タカシの目が、ギラリと光った。
アキラは、そんなタカシを見ながら、不敵に笑う。
「ああ。単純なルールだ。――ゲームとしては、最高に面白いじゃないか」
彼らの目の前に、次なる「盤面」が、はっきりとその姿を現した。それは、剣と魔法と、そして欲望が渦巻く、灼熱の闘技場だった。
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