参考作品のレビュー① 夏を漕ぐ/惣山沙樹審査委員長

夏を漕ぐ

https://kakuyomu.jp/works/16818792436548238318


 選者による参考作品については、わたしがレビューという形で解説だったり感想だったりを書かせていただこうと思います。


 これを書いている時点で鍋谷選者の作品までを拝読、分析させてもらったのですが、みなさん選者という上弦の鬼になってもらうと、本気のギアが一つ上がっておりまして、わたしは「いいぞいいぞ」とほくそ笑んでおります。プレッシャーが鬼(?)を集中させるのでしょうか。素晴らしい仕上がりになっております。


 惣山さんは審査委員長という肩書通り、さいかわ賞における最古参の選者さんです。特に初期の頃の不安なわたしを手厚くサポートしてくださり、その存在感にはいつも感謝の念でいっぱいになるのでした。


 さて、今回の「夏を漕ぐ」ですが、従来の作品から更なるパワーアップがされており、惣山さんが得意としている「登場人物同士のやりとり」によって、夏の始まりと終わりを感じさせるような雰囲気へと導いております。最初はどちらかというとライトな仕上がりなのかなと思っていたのですが、しっかりとした重みのある作品でした。


 税務署という惣山さんとって馴染みのあるシチュエーションによって作品に説得力があり、登場人物がうまく凸凹コンビを演じていて非常に読みやすかったです。でありながら、内容にはドラマ性があり、文章表現には重みがあります。話はそれますが、わたしは身内の事情で宅地建物取引士の資格の勉強をしたことがあるのですが、所得税がとにかく複雑でチンプンカンプンでした。課税方式が何種類もあって、思わずブチ切れそうになりました笑。


 作中に登場する仁科さんがまたとぼけた感じで、「税務調査官・窓際太郎の事件簿」の窓際太郎よろしい御仁なのですが、うまく主人公とカラんでいて面白かったです。しかも一見軽薄な会話や行動が続くと思いきや、ラストに向かうにつれ、話が締まっていきます。このあたりはさっと読んでしまうと見逃しがちですが、話の運び方に非凡さが伺えます。もっともらしい表現を使わずにさりげなく終局へと導いていく文章力は、さすが惣山さんという感じです。わたしも読んでいく中で、「これは深度のある作品だな」と気付いたのが後半くらいでして、二回読み直してみると、全体が実によく設計されているなと感心した次第です。


 前回の卯月賞の参考作品「春の終着」は、惣山さんらしい感性や感情表現を前に出すことよって、ある種の「エモさ」という力を使ったスイングバイをして春を表現しておりましたが、本作はそれらに頼らず、どこまでも二人の日常業務を通して、夏という世界観を表現しております。ここまで来ますと、ざっと一読した程度ではその真価は理解できないと思います。


 読者の皆様におかれては、何度も読んで、堪能してほしいなと思う次第です。


 ありがとうございました。

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