第19話 怪討人、出動

 黒小路くろこうじ美涼みすずが犯人。


 つまりユカイ魔に取り憑かれた被怪者だと、北裏きたうられいは言った。

 ただの女子高生、しかも今までの言動を見る限り決して頭が良いとは言えない怜が何故確信めいたことが言えるのか。

「……昨日みたいな適当なことは言ってないよな?」

「違う! ちゃんと聞いて! 落ち着いて聞いて!」

 本人が一番落ち着いていない。が、サダの方のスマホから「ひとまず話を聞きたまえ」と支部長の碓氷うすいの声がしたので、サダは大人しく従うことにした。

「上手く説明できる自信は無いから最初から説明するけど、今日、休み時間にスズと同じ情報科のクラスの子から、本当にたまたまなんだけど、ウチはその時教室で」

 本当に上手く説明できていない。

「えっと怜ちゃん、その子が何か言ったのかな?」

 さりげなく夜野やの真奈子まなこが無駄を省けるように誘導した。


「スズ、クラスで友達居なくて一人だけ浮いてるって」


「えっ?」

 奥寺おくでらなごみが驚きの声を上げる。

「それで昨日の話で「ぼっちのやつが怪しい」ってのを思い出して、放課後になったらスズと話をするためにチャットアプリで約束したんだ」

 あの話はぼっちのやつが怪しいという話ではなく、中学から人間関係に変化がないやつが怪しいという話だった気がするが、彼女は何処で認識がずれているのか。

「ちょっと待って! 私、スズが学校で一人だなんて話自体が初耳なんだけど!」

 そのまま皆の顔を見回すなごみ。真奈子も、深澤ふかざわ香弥かやもなごみとほぼ同じ反応だった。もちろんサダもそんな話は聞いていない。

「ウチだって今の今まで知らなかったよ!? クラスも校舎も違うし、学校ではたまにしか会わないから普段のスズの様子は分からないし」

「誰もあんたを責めてないから続き言って」

 香弥が促した。

「で、そうこうしているうちに情報科というかスズのクラスの子が授業中に消えたっていう怪奇現象の騒ぎがあって、授業が無しになって、もしかしてスズが巻き込まれたと思ったんだけど、その時はまだスズは無事で」

 つまり女子生徒三人が扉に飲まれたという話が碓氷に来た後で、美涼が追加で襲われたと言うことになる。

「それで合流して一緒に帰ることになったんだけど、スズ、ずっと顔青くしたまま無口でさ。……そこで思い切ってきいちゃったんだ。スズがクラスで浮いてるって話」

「そしたら、なんて?」

「青い顔がさらに青くなったけど、無理にはぐらかそうとしてた。あまりにも怪しすぎたから問い詰めたら、スズの足下にあの扉が現れて、パカッと開いてそのまま真っ逆さまに……」

 あの扉、地面に垂直に出るものだと思ったら、地面と一体化した状態でも現れるとなると凶悪な落とし穴である。

「本当に、黒小路さんが犯人なの……?」

 はざま陽奈はるなが不安げに呟いた。それを訊いて真奈子が絶望的な表情でうなずく。

「ヒナちの友達と接点が大きいのはヒナちを除けば同じクラスのスズくらいだよ。それに、スズは嘘がつけない性格だから怜ちゃんの言うクラスで一人浮いているって話も本当なんだろうね。……多分だけど、ヒナちが転校した後にスズとあの子達との間に何かあったんじゃないのかな」

「けど、あの子達は……!」

 言いかけて陽奈は口をつぐんだ。

 おそらくのみ込まれた最初の三人を庇いたかったが、反論できそうな言葉が見つからなかったのだろう、とサダは考えた。

「……サダ、行けるか? 一応お前の意志は聞いておきたい」

 行けるか、と言うのは彼女たちの救出作戦のことを指しているのは明白である。

「分かっています、じゃなかった了解です、支部長」

 美涼が本当に被怪者だった場合、ユカイ魔が本気で宿主の精神の精神を壊しにかかっている。

 本人の目の前でクラスメイトを怪異空間に飲み込み、自分のせいでこんな惨状を起こしたという罪悪感を植え付けた後に本人も飲み込むというユカイ魔の悪趣味な行為に巻き込まれたのだ。グズグズしていると美涼の精神が保たない。

「おい北裏怜。黒小路美涼の消えた場所はどこだ!?」

 サダは怜の方と繋がっているスマホに問いかけた。

「団地口前のバス停近くにある、砂利だらけの裏道だけど」

「分かった。俺が来るまでそこから動くな」

「え、え、一人でそこで待てって言うわけ!?」

「人の命に関わる任務だ。友達見捨てたくなかったら逃げるな」

 そしてサダは碓氷に断りを入れて自身のスマホを切ると、「三分待ってくれ」と皆に言い残して部屋を出て行った。



 残されたのは、なごみ、香弥、陽奈、真奈子、そしてなごみのスマホの向こう側にいる怜。

「なんか、変」

 沈んだ空気の中、真っ先に口を開いたのは真奈子だった。

「スズって、そんな重大なことを黙ってるような性格じゃないよね。むしろ思ったことをすぐに口にしちゃうタイプだと思うんだけど……」

「平たく言うと空気が読めない」

 真奈子の言葉に香弥が淡々と応えた。

「人なつっこいけど距離感バグってるというか、たまに人のプライバシーに悪意無くズケズケ踏み込んでくるとこある」

「……ふーちゃん、なんかスズに恨みでもあるの?」

「いや、真奈子の話に補足しただけで他意はないし、ちゃんと心配している」

 なごみのツッコミにも香弥は淡々としている。

「うん、まあ香弥の言うことはともかく、スズって中学の頃何かあるとすぐ周囲に助けを求める性格だったよな。特になごみとかまなやんとかにはよく頼ってたし」

「あー、それはあったわ」

 怜の言葉に陽奈が同意する。

 真奈子は皆の様子をやや複雑そうに見ながら、話を戻す。

「……本題に戻るけど、人懐っこくてすぐ助けを求めるスズが、なんで今回に限って誰にも相談しなかったのかな? それって変じゃない?」

 その言葉に「あっ」と言う声がハモる。

「言われてみれば……そういやスズの反応、むしろそれをバレたくないって感じだった気がする……いや、犯人だったからかもしれないけど……あ、犯人になる前からぼっちだったっけ」

 なんとも曖昧すぎる怜の口調に、一同は「何故スズは自身の現状をメンバーの誰にも言わなかったのか」という疑問に対して考え込むことになった。

「……ヒナちに対して気を遣って黙ってた、って考えるのが一番納得いくんだよね。共通の友達同士でトラブルがあったなんてさすがに言いづらいだろうし」

 なごみからそんな意見が出てきた。一同はそれに頷く。

 だが、すぐに香弥が次なる疑問を口に出した。

「でもそれだとヒナちを恨む理由が何? てなる。まさか転校していなくなって寂しい、なんて理由だったら理不尽すぎるし」

「ふーちゃん……」

 香弥が自分のことを心配してくれることに喜びつつも、陽奈はどことなくハラハラしているような態度であった。

 それを見ながら、真奈子は目を伏せながら、

「だったら、私はやっぱり……」


 バン!


 言いかけた途端、勢いよくドアが開いてサダが戻ってきた。手に持っている大きめのサイズのウエストバッグには、何が詰まっているのかパンパンに膨れ上がっていた。

「サダ君!?」

「これから俺は救出作戦に向かう。北裏怜はそのまま待機してほしいが、あんたらはもう帰っていい」

「え、ちょっと戻ってくるなりなんなの!?」

 すかさずなごみが反論する。

「今、言った通りだろ。早くしないと扉に飲まれた奴らの、特に被怪者の黒小路美涼が危険だ」

「そうじゃなくて! ねえ、サダ君。私達に出来ることは何かないの?」

「あるわけないだろ……むしろ何をする気だ」

 バッグを装着しながらサダが鬱陶しそうに答える。

「だって、いきなりよく分からない場所に落とされてスズはきっと心細い思いをしているよ!? それに聞きたいことや言いたいことはいっぱいあるし!」

「救出後に言え」

「ちゃんとサダ君一人で助けられる保証はあるの!?」

 サダの動きが一瞬だけ止まった。眉も少しつり上がり、苛立っているが、肝心のなごみはそれに気付いていない。

「保証がないなら私も連れて行って。私もスズを助けに行く」

「はぁ!?」

 これ以上無いくらいに迷惑という感情が隠せていないサダの声が部屋に響いた。

「こんな緊急事態にバカ言うな! 素人連れて行ってどうするんだよ!」

「足手まといには絶対ならないから!」

「こっちは救出作戦に専念したいんだよ!」

 サダもなごみも一歩も退く気配がない。他の三人はどうしたものかと困った表情で、成り行きを見守るしかないようであった。

「大体救助する相手が四人に対してサダ君一人じゃ分が悪すぎでしょ? 仲間が多い方が絶対いいって!」

「それでもお前を連れて行く理由になるかよ!」

 そこへ、サダの持っているスマホが震えた。通知を見ると、病院に呼んだタクシーがもうすぐ到着する知らせであった。

「くっ……これで救助に間に合わなかったらお前が元凶だからな!」

 だが、このままなごみを説得する時間はなさそうである。サダはポケットから占い用のカードを取り出すと聞こえないくらいの声で呟きながらカードを引く。

 歪んだ長方形のてっぺんにちょうちょ結びの付いた謎のマーク、煙を噴いた鉛筆、磔にされた棒人間。

 サダはマジか、と言いたげな顔をしながらカードをしまうとなごみの方を見た。

「な、何?」

「……いいだろう。同行を許可してやる。ただし条件がある」

「えっ?」

 急な心変わりになごみは困惑した。

「連れて行くのは奥寺なごみ、一人だけだ。それから怪異空間に入ったら俺の指示には必ず従うこと。そして」

 サダはそこで一拍分、間を置いた。


「そして、ものすごく酷い目に遭う覚悟を持つこと。それが条件だ」

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