第二話 心のかけら
姫の舞が終わり、浜辺に静けさが戻ってきた。
波音だけが、遠くやさしく響いていた。
姫はそっと、沙織の隣に座りなおした。
長い沈黙のあと、姫はぽつりと語りかけた。
「……ゆっくりでいいの。
少しずつでいいから。
何があなたを、こんなにもつらくさせたのか、思い描いてみて。」
沈黙。
でもその静けさは、咎めるものではなく、優しく待っていてくれる沈黙だった。
やがて、姫はそっとつぶやいた。
「あなたは、仕事にまじめで、後輩思いだったのね。
だからこそ、その子たちにつらい思いをさせたくなくて……
一人で、全部抱え込んでしまったんだね。」
沙織は少しずつ、落ち着いていった。
「その責任感と、やさしさが……
誰にも言えない苦しみを、どんどん大きくしてしまったの。
『私さえ我慢すれば』って……ずっと、そう思っていたんでしょう?」
ふわりと風が吹き、海の匂いが通り抜けていく。
姫の声に導かれるように、沙織の魂から、ふいに感情があふれた。
「……本当は、つらかったんです。」
それは、音にならない嗚咽。
目には見えない涙。
けれどたしかに、魂が震えていた。
姫はそっと、そばに寄り添った。
「……そう、泣けてきたのね。」
ふわりとした光が、沙織の魂を包んだ。
「いいのよ、そのまま泣いても。
誰にも見られることなんて、ないから。」
袖がそっと揺れて、砂を撫でた。
どこまでも静かで、やさしい世界。
「ここはね……あなただけの場所。
あなたの心の、いちばん奥深くにある、誰も立ち入れない場所なの。」
「だから、大丈夫。
泣いても、崩れても、声にならなくても——
その痛み、ここにそっと預けていって。」
姫は、泣き続ける沙織のそばに座っていた。
ただ静かに、波音のような声で、語りかけた。
「そうして泣き疲れたら、ゆっくりお休みなさい。
ずっと……眠れていなかったのでしょう?」
「すみません……。」
沙織の魂が、そっとうつむいた。
「……謝らないで、いいの。
あなたは、少しも悪くなんてない。」
姫は沙織の魂に、そっとふれた。
「……でもね、沙織。
ずっと『平気なふり』をしていたでしょう?
『まだ大丈夫』って言いながら、
帰り道ではスマホの画面ばかり見つめて、
涙を堪えながら歩いていた——そんな日が続いていたのね。」
「……うん。」
「ほんの少し誰かに『気づいてほしい』と思っていても、
誰も立ち止まってはくれなかった。
優しい言葉を待つことも、いつの間にかあきらめて……
『一人で立ち続けなきゃ』って、
心に鎧をかぶせて、生きてきたのね。」
沙織の魂が、少し震えた。
「でもその鎧が重すぎて、あなたの中で何かが……ぽきんと折れてしまった。」
沙織の魂は、泣きじゃくる子供のように、震えていた。
「あのとき怒鳴った人は……
きっと、自分の気持ちのやり場がなくて、ただ誰かにぶつけたかっただけ。
あなたが悪かったわけじゃないのよ」
「理不尽な要求だってそう。
あの人たちは、ただあなたを利用して、楽をしたかっただけ。
身勝手なわがままを、押しつけていただけなの。」
涙が沙織の頬を伝った。
姫の目にも、涙があふれていた。
「あなたが泣けなかったから、私が代わりに泣くの。
誰もわかってくれなかったから、私がそばにいるの。」
姫の瞳が、ふと空を見上げた。
「……でもね、あなたが守ってきた後輩たち。
あの子たちは、ちゃんと沙織に感謝してるわね。
『かばってくれて、ありがとう』って、心の中で何度も言ってるのよ。」
沙織の魂に、少しだけ命の輝きが戻ってきた。
「とても心配してるわね。
あなたのこと、『申し訳なかった』って泣いてる子もいる。」
「誰かのために、ここまでがんばったあなたを——
ちゃんと、見ていた人たちがいるのね。」
沙織の魂から、光の粒が、天に舞っていった。
ひかりあれ ことだまにのり かぜにまい
いのちのいぶき かがやきはなて
その光とともに、空蝉の姫は天に向かって両手を広げ、風に溶けるように身を任せた。
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