第31話


 イニス帝国という大きな国の、城塞迷宮デルガノーンと呼ばれる大きな街に来て一か月が過ぎた。

 その間、精霊さんのダンジョンアタックはとても順調に進んでいて、ついさっきやっと最後のボスを倒して完全に踏破し終えてきたところなんだ。


 だいたいボス部屋が五階層に一つで、攻略した部屋が二十回ほど。

 だから全ての階層を合計すると百層くらいまであったかな、といった感じだね。

 この私の全力を以ても一か月かかるなんて、とても広い迷宮さんだった。


 まあ、時間がかかった部分は主に次の階層へ行くための階段探しで、私を奥へと進ませまいとする迷宮さんの抵抗はそこまででもなかったけど。

 やはりこれだけの空間や魔物を生み出すだけあって迷宮さんも生きているのか、自分を攻略しようとする異分子である私の存在を感じ取って、あの手この手で妨害してくるんだよ。


 罠による妨害は当たり前で、時には明らかに「いま慌てて生み出さなかったかな?」と思えるようなボス部屋を超えるつよつよ魔物を、偶然にしては出来過ぎなタイミングで目の前に送り付けてくることもあった。


 特にゴール直前で急に生み出された魔物は、本気のヤミくんでも苦戦するような八つ首の竜や、鳥ニンゲンみたいな姿だけどやけに傲慢そうな態度の、十二枚の翼を持つニンゲンモドキさんなんかもいたね。


 私も前触れもなく現れたそれらに慌ててしまい、「えいっ」って力を込めた雷撃で階層ごと破壊してしまったのはいい思い出だ。

 おかげで迷宮さんに穴が空いて次の階段が見つかる前に降りられることになったけど、普段はこんなズルはしないよ?


 これは進ませまいとする迷宮さんと進みたい精霊さんの、熱い攻略バトルだからね。

 今回はたまたまだ。


 そうこうしてたまに地上へ帰りつつも、一か月の時をかけて攻略してゴールまでの道順を覚えた私は、ようやく今日こうして最後のボスである五十メートル級の竜を倒して最奥にたどり着いた。


 五十メートル級の竜っていっても、しょせんは百五十メートル級の竜であるドラちゃんを見たあとではただのトカゲだね。

 こんなのよりはまだ鳥ニンゲンさんの方がずっと強かったから、ちょっと拍子抜けちゃったよ。


 それで最後の深層に何があったかというと、なんと両手で抱えるサイズの水晶がぽつんと一つ鎮座していただけ。

 当然、あれ、これで終わりなのかな、と思った私は何やら魂を感じる水晶さんに幽体モードになってテレパシーを送り付けてみたんだ。


「もしもし、聞こえてる?」

「…………」

「あの。迷宮さんの用意したアトラクションは全てクリアしちゃったよ。これで終わりなら、私はもう地上へ戻るね。次会う時までになんで負けたのか考えておいてください」

「…………」


 言葉の喋れない水晶さんから伝わるテレパシーによると、どうやら本当にここでアトラクションは終了だったらしい。

 本来は百層をまた引き返して脱出しなくちゃいけないけど、今回は意地になって攻略を妨害したお詫びとして、特別に転移という方法で地上に送り返してくれるんだって。


 それと次に会う時までにはもっと難しい迷宮にしておくから、挑戦する機会があったら今度こそ負けないという意思も伝わってきたね。

 うんうん、こうやってライバル達は切磋琢磨し競い合っていくんだ。

 これもまた、精霊さんと迷宮さんの熱い友情ってやつだね!


 何でも迷宮さんによると、次は二百階層超えを目指す予定らしい。

 やる気があって良いことだよ。


 そうして熱い友情を交わした後、最後に迷宮さんから初攻略の記念としてミニ迷宮さんなる小さな水晶をプレゼントされた。


 なんでもこれを埋めた場所に新たな異空間が発生して、最初にミニ迷宮さんへエネルギーを込めた人が親となって管理することになるんだって。

 初攻略者の精霊さんはとても信用できる存在だから、ぜひ息子を立派な迷宮として育て上げてください、というお願いを託されたんだ。


 当然それは了承したけど、でもそれなら、この迷宮さんを最初に埋めたのっていったい誰なんだろうか?

 そのことに問い質してみても、自然発生した自分の親は世界そのものだから、しいて言えば創造の女神が親かな、とか言っていて要領を得なかった。


 まあ、そういうこともあるよね。

 そんなこと言ったら、魂だけでこっちにやってきて急にエネルギーから誕生した精霊さんにも親はいないわけだし。


 なにはともあれ、私はようやく完全攻略したこの迷宮街への用事も終わり、ついに旅立つときが来たんだ。


 ここでの思い出もルドガン辺境伯領と同じくらい、たくさんあるね。

 特に観光地としての知名度をあげるために頑張った、お魚ランドクイズの挑戦者達との交流には目を見張るものがあったよ。


 みんなあの手この手でお魚ランドのことを調べ上げてくれて、いまやデルガノーンはお魚ランドの話題でもちきりだ。


 これは良い宣伝になった。

 いつかお魚ランドがニンゲンさん達の活気で溢れ返る、有名なリゾート地になる日も近い気がする。


 そんな順調に進んでいる宣伝効果に、精霊さんはとても良い気分でこの街に集まるシャチホコの偽物を買い集める。

 偽物は露店地で売られていることもあるけど、それ以外の場所、特に裏路地なんかの穴場スポットには高品質の偽物が投げ売りされていることも多い。


 弟子はまだ取らない予定だけど、いずれは育てる予定だから、精霊さんは未来を見据えてその下見に来ているんだ。

 そんなことを考えながら未来の弟子達に向けて的確なアドバイスを投げかけつつ、鼻歌を歌いながらあえて長時間、裏路地をぐるぐると徘徊する。


 いつもは忙しい精霊さんがなぜこうして暇を持て余しているのかというと、それは困ったことに、最近は迷惑系のスタッフさん達の行動が目に余るからだね。


 そうして人気のない裏路地で突如私は立ち止まり、くるりと後ろを振り返って隠れて着いてきている何者かへ語り掛けた。

 おや、今度は女のスタッフさんの登場のようだね。

 いつものスタッフさん達の恰好通り偉そうな衣装を着ているけど、今回はそれに輪をかけてハデハデだ。


 きっと上級の女スタッフさんなんだね。

 もう迷惑系スタッフ探しに定評のある精霊さんには、一目瞭然で分かってしまうよ。


「本当に、ほんとーに残念なことに。あなた方は度重なる迷惑行為によって、お魚ランドクイズへの挑戦権を失いました。これはとても残念なことです」

「……あら、お嬢さん。いや、さすがはエルダーリッチといった方がいいのかしら? 気配を消していた私を明確に認識するなんて、やはり手練れね。勇者と氷精霊への素晴らしい切り札になるわ」


 なにやら私がエルダーなんちゃらだとか、よく分からないことをごちゃごちゃ言っているけど、ようするにまた強引に勧誘しにきたんだよね?


 はぁ、困っちゃうなあ。

 他の皆はちゃんとルールを守ってお魚ランドクイズに挑戦するのに、この女スタッフさんはこちらの話も聞かないみたい。


 これはもう、しばらくは迷惑系のスタッフさん達はまとめて出禁だね。

 しっかり反省して、数年後くらいに再びお魚ランドクイズに挑戦するといいよ。


「はぁ~……。ヤミくんやドラちゃんが、これはダメだって言っていた理由がよく分かるね」

「うふふ。魔族でも上位に位置する私の魔力を前にして、まだ自由意志を保てる余裕があるのね。魔物にしてはやはり規格外よ、あなた。でもいつまで私の強制力に耐えられるかしら?」


 どうやら女スタッフさんは精霊さんに何かの細工を仕掛けているらしく、魔力を放ってエネルギー的な干渉をしようとしているみたい。

 まあそれに関しては、精霊さんと女スタッフさんのエネルギーやパワーが違い過ぎて無駄なんだけどね。


 でもこれは、お魚ランドクイズを無視して勧誘しようとする、明らかなルール違反だ。

 みんなが頑張っているクイズの秩序を守るためにも、おしおきをしなくてはいけない。


「そうですか。それではまたのお越しをお願いいたします。えいっ」

「は? 何を────」


 パーンッ!


 女スタッフさんは最後まで何かを言い切ることはなく、私がちょっと強めの怒りを込めて放ったエアデコピンの空気圧に耐えかね、頭部と胴体がお別れを告げた。


 エアデコピンによってちぎれ飛んだ頭部はそのまま裏路地をコロコロと転がり、見開かれた目からは哀愁を感じる。


 そして残ったのは元女スタッフさんだった灰と、頭に生えていた角だけ。

 虚しいね。

 これが迷惑系の末路っていうやつなのかな。


 そんな感想を抱きつつ、やっぱりそろそろ帝国の王様にはちゃんと手紙を書かなくちゃいけないね、と決意を新たにするのであった。

 よし、一度お魚ランドに戻ってカメ吉くんに執筆してもらおう。


 そう決めた私は女スタッフさんの遺した角のことも忘れて、意気揚々とアイスキャッスルへと舞い戻るのであった。


※※※


【あとがき】

投稿時のボタンを押し間違えて、完結済みにしてしまいました。

お騒がせして申し訳ありません!!!


精霊さんはまだまだ続きます。

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