第8話
「ラララ~」
もはや定番となった精霊さん作詞作曲の名ソングを、気分良く口ずさむ。
私にしか聞こえないこの状況には不満は残るけど、ゴトゴトと車体を揺らしながら今日ものんきに進んでいく馬車にほっこりとし、まあ時にはこういう旅も良いかと笑顔になる。
また、道中は特に強い敵に襲われることもなく、リーダーさんや斥候さん、弓使いさんや盾使いさんは馬車の中で会議を繰り広げていた。
なんでも、あまりにも魔物に襲われなさ過ぎるやら、思っていたボンクラ貴族の妨害が無いのは不自然だなどと、思うところは色々あるようだね。
「えいっ。あ、ちょっと外した。こうかな? えいっ」
そんな彼らのシリアスな会議に興味などあまり持てず、精霊さんはどちらかというと今はゲームに忙しい。
というのも、見えない距離からこちらへ襲う算段をつけている盗賊らしき人影や、人の匂いにつられて近づいてくる魔物たちを的に、シューティングゲームと称してどこまで正確に眉間を打ち抜けるか遊んでいるのだ。
主に攻撃に使うのは太陽光を凝縮して放つレーザービーム。
これはただ狙ったところを打ち抜くなんていう、そんなケチな魔法じゃない。
それじゃあ、あまりにも簡単すぎてゲームにならないからね。
あくまでも自然界の太陽光を利用するために、わざわざ標的までの距離を考えて魔力のレンズを作成し、連鎖的に魔力レンズを通し光を束ねている匠の技術なのです。
だから夜はゲームはお休みになるんだけど、ゲームで夜更かしするのは健康に悪いと前世の知識が語っているからこれでいいんだよ。
もちろん魔力レンズを重ねてレーザービームを当てるなんて、とてもとても集中力が必要となる緻密な作業だけど、むしろその難易度が私を燃えさせる。
いまのところ眉間を打ち抜ける確率は七割弱程度。
残り三割は眉間から逸れて目玉を貫通したり、動き回っている標的がレーザービームの射線を横切り首チョンパになったりと、けっこうやりがいがあるんだ。
特に物陰に隠れている標的なんかには、魔力レンズを迂回するように配置して光を屈折させ、ぐるりと回り込んだレーザービームが後頭部から眉間までを貫通しなければ失敗という、とてもシビアなプレイスキルが要求されていた。
「くぅ~。惜しい! 二キロメートル先の森の中だから、射線が葉っぱに反射して逸れちゃったよ! この、このっ! やるじゃないか盗賊さん!」
もちろん相手だってただ座して死を待つわけではない。
次々に仲間が殺されていく光景に動揺し、もはや狂乱した様子で逃げまどう個体もいるくらいだ。
……でも悲しいことに、これってこの馬車を襲う予定の盗賊と、シューティングゲームを楽しむ精霊さんのプライドを賭けたデスゲームなのよね。
当然、一人残らず生かして帰すことはない。
「ふぅ~。シューティング・デスゲームが開催されて、苦節三日。とうとう全ての標的が沈黙したようだね! 眉間への命中率は七割くらいだけど、殲滅率は十割だよ! 総合成績としては精霊さんの圧勝です。よって、異論は認めません」
一度倒した敵には、再び会うことは無い。
そんな現実に感情を刺激され、哀愁を感じる精霊さんはこうも思う。
どんなゲームにも終わりがくる。
これこそ、ワビサビを示す日本人の文化なのかもしれない、と……。
「でも、そもそもワビサビってなんだろうね。前世の知識には不思議な単語がいっぱいだ」
また一つ賢くなった私はニンゲンと魔物連合を相手にした驚異のデスゲームを閉廷し、馬車の上でゴロリと寝そべった。
リーダー達の会議によると、王都への到着まではあと十日ほどかかるらしい。
馬車の上で寝ているだけだと暇だから、今度はこっそり馬車の中で寝てみようかなとか思いつつ、ゆっくりと時間が過ぎ去るのを待つのであった。
◇
「なあ、リーダー。これはおかしいぞ。やっぱり変だ」
「……また、どこか遠くで命の気配が消えたっていうのか?」
王都パステアへと向かう道中にて。
辺境伯に見送りされた俺達【青蘭の剣】は何事も起きない順調な旅を続けていた。
順調……。
そうだ、順調過ぎる異変だらけの旅だ。
俺はこのパーティーを束ねるリーダーとして、みんなの心の支柱であり続けなければならないから努めて冷静なフリをしているが、心の中は焦燥と混乱でぐちゃぐちゃだ。
特にこういった気配に敏感な、ウチの頼れる斥候ジークなど、顔面蒼白にして震えてやがる。
俺と一緒に冒険者をやる前までは、犯罪者だらけのスラム街で【幻影】と言われたほどの、究極的な危機感知能力を持つジークが、だ……。
これは明らかに只事ではない。
中級風竜が俺達の不意を突き背後から襲ってきた時だって、唯一まともなダメージがなかったあのジークの異様な態度に、【青蘭の剣】のメンバーは冷や水を浴びたかのように静まり返る。
もはや、出発当初の和気あいあいとした雰囲気はどこにもなかった。
「ま、まただっ! また一つ、およそ二キロ先の後方で気配が消えた! ……かも、しれねぇ。くそっ! 遠すぎて生きているのか死んでいるのか、ギリギリ分からねぇ程度の消え方だ」
それはつまり、相手がこちらを消耗させるために、あえて気配を消して緊張を誘っているかもしれないということだろう。
気配察知能力に長けたジークを狙い撃ちにしたかのような、嫌らしい戦法だ。
これがもし俺や他のメンバー相手なら、敵はただ遠くの方で気配を消したり出したりしているだけのピエロになる。
あまりにも滑稽すぎて話にもならないが、そんな線は薄いだろう。
なにせ、もうすでに先触れとして陛下には今回の件を伝えてあるし、俺達のパーティーがどういう構成でいままで冒険してきたかなんて、それなりに有名人であるA級冒険者だからこそ隠しようがない。
敵ながらにあっぱれと言うべきか迷うほど、その戦略は洗練されていた。
「で、どうするのよフラン? 私達の気配察知レベルじゃ捕捉できないからストレスはないけど、このままじゃジークの精神力が持たないわよ」
「そうだな。とりあえずジークはもう休め。敵の狙いがお前の消耗にあることは間違いないんだ。危険はあるが、俺達だってある程度の警戒はできるし、あえて敵の手のひらで踊ってやる必要もないんだからな」
「ああ、すまねぇリーダー。そうさせてもらうぜ……」
俺達はルドガン辺境伯から陛下へ向けた正式な使者であるため、事前に妨害は予想されていた。
だが同時に、彼を田舎者と蔑む木っ端貴族ごときの妨害の程度など知れていると思っていたんだ。
どうやらそれこそが油断であり負け筋。
敵を侮り過ぎた俺の失策だったようだ。
「ジークが抜けた穴は俺が死ぬ気で埋める。ただ、さすがに陛下へ向けた正式な使者である俺達を、失敗すれば証拠に残るような手段で害してくることはないだろう。おそらくはこうして嫌がらせをするくらいで、直接的な被害は出ないはずだ。安心してくれ」
これもまた油断なのだと言われたらそれまでだが、ジークを休ませる関係上俺が前面に出るしかない。
ならば、あとはパーティーメンバーと馭者の騎士を安心させ、少しでも精神的支柱になれるよう努めるほかに選択肢はないだろう。
あまり褒められた手段ではないが、こういう時は嘘でも何でもハッタリをかますのが一番心が安定するんだ。
それはこちらを監視している敵への牽制にもなるし、それなりに時間が経てば俺達を見張っているだろう王族の影や大貴族の隠密が対処してくれるはず。
つまり、ジークや俺達を消耗させる旅の時間は敵の味方でもあるが、同時に俺達を窮地から救う時間となり、味方にもなり得る。
ここは我慢比べといこうじゃないか。
先に倒れるのがこちらか、敵か。
だが俺達は腐ってもA級冒険者【青蘭の剣】だ。
これまでいつ魔物に襲われるかも分からない未知の迷宮を踏破してきた実績もあるし、野営なんてそれこそ日常の光景でしかない。
そんな上澄みの冒険者相手にサバイバルで勝負を挑もうなど、その思い上がった考えを矯正してやる。
そう決意してからおよそ二週間弱。
結局、懸念していた敵の妨害はそれ以降は訪れず、唐突に気配が消えたりする異常事態は無かった。
おそらくこちらの体力を削り切れずに諦めたと思われるが、真相は定かではない。
だが、なにはともあれ。
こうして俺達は王都パステアへと無事にたどりつき、ようやく宿でぐっすり寝れると喜ぶジークを労いながらも陛下との謁見に備えるのであった。
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