第11話 質疑応答
質問するに当たり考えてみるとポツポツと出てくるので、とりあえず思い浮かんだ順に聞いてみることにしました。
「人はどうしたら本の世界に入れるようになるんですか?そしてどうして本は異本になるんですか?」
この質問は想定していたといった感じに、仲介屋さんは落ち着いた感じで質問を返してくれました。
「平たく言えば逃避と渇望ですね。何かから逃げたい、この本の中に入りたいと強く願うことで人は本の中に沈んでしまうのです。そうした願いを抱えた人を内包すると本はその人と一体になり、変異して異本になります。願いの力も馬鹿には出来ないんですよ、世界は変えられないかもしれませんが、たった一つの本の世界ぐらいなら自由に世界を書き換えることが出来るのです」
僕はそれを身をもって知っていました。辛い現実から逃げたくて、大好きな本の中に逃げ込んで、そこを自分の居場所に変えてしまった。世界を自分の世界に書き換えるのは、自分が神様になった心地がして正直気持ちが良くて、僕は小さな世界で充足感を得ていました。
自分に対する自己嫌悪が再び湧いて来そうになりますが、まだまだ聞きたいことはまだあります。
「ブック・ダイバーの人たちはどうして異本に潜れるようになったんですか?もしかしてブック・ダイバーの人たちも最初は沈没者だったんですか?」
「流石は読書家の颯太さん。物事を読み解く力がありますね。その通り例外を除きブック・ダイバーの人も元は沈没者だったのです。沈没者はブック・ダイバーに現実世界に引き上げられ、そこから二年間の監察期間を経て、ブック・ダイバーになる事が出来るのです。ブック・ダイバーの能力は沈没者の時の名残といって差し支えないでしょう。颯太さんも再び本の中に入れば、能力が使えると思いますよ」
「また本の中に?」
思わずそう口ずさんでしまった。また本の中に入るなんて考えもしなかった。というか僕みたいな人間が本の中に入るなんておこがましいです。そうだろ?影壱号?……自分に問い掛けてみますが、もう彼女の気配を自分の中に感じることは出来ません。
「颯太さんもブック・ダイバーになるなんてことも出来ますが、まぁ、そこは自由ですから、二年間の監察期間が過ぎれば晴れて自由の身です。楽しく人生を謳歌してください」
ニコッと笑う仲介屋さんですが、楽しく人生を謳歌出来る自信なんて僕にはこれっぽっちもなかったのです。十年ぶりの現実世界が怖くて怖くて仕方ない、今でも気を張ってないとブルブルと震えだしてしまいそうです。
他にも色々と聞きたいことはありますが、それらをイチイチ聞いていたら何時間掛かるか分からないので、最後にこれだけは聞いておきましょう。
「あの【荒野に一人】の本は何処にありますか?あれは院長の形見でして……」
返して欲しいとは言えなくて、口をつぐみました。どの口で言うんだって感じですよね。
「颯太さんの本は只今検査中でして、その検査が終わっても颯太さんに返却されるのは二年間の監察期間を経てになります。あと付け加えになりますが沈没者になった人は、監察期間の二年間は監察者の人が同席しなければ本を読むことも出来ません。読書家の颯太さんには大変苦痛かと思いますが、どうかご容赦願います」
「……あっ、そうですか」
仲介屋さんの申し訳なさそうな顔に、逆に申し訳なくなる僕。人生の逃げ場も、院長の形見の本も失い、自分には何も無くなってしまいました。
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