転生したら列車でした ~四季が乱れる魔法の森で、私は仲間と絆を繋ぎ、世界の謎を解き明かす~
もも肉
第1話 転生列車、四季乱れる森を往く
~始まりの汽笛~
瞼の裏に差し込む光に、私はゆっくりと目を開けた。頬を撫でる風は、なぜか右側からは肌を刺すような冷気と雪の匂いを、左側からは柔らかな陽光と甘い花の香りを運んでくる。混乱よりも先に、その奇妙な感覚にただただ驚いた。
「んん?ここ、どこだろ?」
寝ぼけ眼をこすりながら体を起こすと、視界に飛び込んできたのは、見たこともないほど色彩豊かな森だった。足元ではタンポポが咲き誇り、数歩先では白い雪を被ったもみの木がそびえ立つ。遠くには、灼熱の砂漠を思わせる乾燥した大地に、サボテンが悠然と佇んでいた。季節が、まるでパッチワークのように、無秩序に貼り合わされた場所。それが、私が最初に目にした異世界の光景だった。
そして、自分の身なりに目を落とす。水色のワンピースには、可愛らしいミニチュアの列車が丁寧に刺繍され、頭には「RAIL」の文字が入った小さな帽子。これが、今の私? ぼんやりとした記憶の奥で、確かに「前の私」はいたはずなのに、その輪郭は霞んでいく。しかし、目の前の不可思議な光景に、思考はあっという間に上書きされていった。
「わぁ!すごいー!」
好奇心に突き動かされ、私は思わず一歩踏み出した。その瞬間、足元に信じられない感覚が走る。体がフワリと浮き上がり、視界が加速する。目の前には、どこからともなく現れた、キラキラと輝く鋼の線路が真っ直ぐに伸びていた。気づけば私の体は、まるで絵本から飛び出したような、丸みを帯びた可愛らしい機関車そのものになっていたのだ。
「え、えぇー!?私が、電車!?」
驚きと興奮が入り混じった声が、喉の奥から汽笛のような「ポッポー!」という音となって響き渡った。車輪が意思を持つかのように、線路の上をコロコロと転がり始める。見た目は玩具のようでも、その加速は本物で、あっという間に視界の景色が流れていった。
リーニャとの出会い
「あら、こんなところに新しい『季節の異変』の兆候が…って、ええええええええ!?」
私の汽笛に導かれるように、少し離れた場所から少女の驚愕の声が聞こえた。私は慌ててブレーキをかけ、人間の姿へと戻る。そこに立っていたのは、私と同じように鉄道モチーフの可愛らしいワンピースを着て、分厚い本を抱えた少女だった。大きな瞳は私を見て丸くなり、口をあんぐりと開けている。
「あ、あの!私、レイルって言うの!なんか、急に電車になっちゃって…」
私が困惑しながら自己紹介すると、少女はハッとしたように眼鏡をクイッと持ち上げ、少し乱れた呼吸を整えた。
「なるほど……。あなたが、この森に新たに現れた『異変』の源、といったところでしょうか。ふむ、これは興味深いサンプルですわ。私はリーニャ。この森の季節の乱れを調査しています」
リーニャは私の周りをくるくると回り、手元のメモ帳に何かを書き込み始める。その眼差しは真剣そのもので、まるで私を新種の生物でも見るかのような好奇心に満ちていた。しかし、夢中になるあまり、木の根につまずきそうになったり、メモを風に飛ばされそうになったり、その知的そうな見た目からは想像できないほど天然な一面を覗かせた。
「あなたが電車になった原因と、この森の異変は、きっと繋がっているはずですわ!もしよろしければ、この『四季が乱れる魔法の森』の調査に協力していただけませんか?あなたのそのユニークな能力は、きっと大きな助けになります!」
リーニャの真っ直ぐな瞳に、私は抗えない魅力を感じた。一人で途方に暮れるより、誰かと一緒にこの不思議な世界を探検する方が、ずっと楽しいに違いない。
「うん!私、協力する!」
私は元気よく答えた。するとリーニャは嬉しそうに微笑み、再び本に目を落とし、何かを探し始めた。
ギアスとの遭遇
その時、遠くから「くそっ、またこっちの魔法のレールが破損しやがったか!」という荒々しい声と、金属がぶつかるような大きな音が響いてきた。
「あら、この音は……ギアスさんかしら?」リーニャが首を傾げた。
声のする方へリーニャと私とで急ぐと、そこには油まみれになりながら、巨大なギアが組み込まれた古い機械を直そうとしている少年がいた。彼は作業着の隙間から覗く引き締まった腕を光らせ、荒っぽい口調ながらも、その瞳は機械に対する深い愛情と集中力を宿している。
「もしかして、あなたも旅の方ですか?この線路の破損は?」リーニャが声をかけると、少年は工具を放り投げ、眉間にしわを寄せた。
「ああ?ったく、また急に夏になったかと思ったら、線路が熱膨張で歪みやがったんだよ!この森は面倒だな!俺はギアスだ。見ての通り、機械いじりが専門でな。こんな森じゃ、動かなくなっちまった機械も多いから、まぁ、俺が直して回ってるってわけだ」
ギアスはそう言うと、人間の姿だった私を見上げ、そしてリーニャの横に置いてあった私の帽子を見てピンと来たようだ。私の機関車の姿を想像したのか、彼の目がにわかに輝きだした。
「へぇ、お前、まさかそこの機関車か? なかなかイケてるじゃねぇか!こんなに綺麗な機関車、初めて見たぜ!」
口調は相変わらず荒いが、彼の興奮した様子は隠せない。ギアスは私の帽子の「RAIL」の文字を指し、修理中の機械の近くに散らばる部品を指差しながら、興奮気味に語り始めた。機械への情熱が溢れている彼の言葉は、なぜかとても心地よかった。
レイル、リーニャ、ギアス。不思議な森で出会った私たちは、それぞれの目的と能力を活かし、この「四季が乱れる魔法の森」の謎を解き明かすために、共に旅を始めることを決めた。
私は再び機関車の姿となり、ギアスが即席で直した歪んだ線路の上を、リーニャを乗せて走り出した。風を切る感覚。それが、私の新しい世界での始まりだった。
エピローグ
森の奥深く、古びた魔法の駅舎の影から、二つの人影が旅立つレイルたちを見送っていた。
一人、可愛らしい帽子をかぶった小柄な少女が、心配そうに呟く。
「レイルさんたち、無事に辿り着けるかな……」
彼女は隣に立つメガネの青年に尋ねた。
「マキナさん、この先も、本当に安全なの?」
マキナは手元の精密な羅針盤を一瞥し、静かに答える。彼の指先には、微細なギアの動きを感じさせるような、機械的な装飾が施されていた。
「データ上は問題ありません。しかし、この森の『イレギュラー』は予測を超える。我々も、そろそろ動き出すべきでしょう、ステイシー」
ステイシーは頷き、未来を見据えるように空を仰いだ。空には、未だ混じり合う四季の気配が、不穏な色を帯びて広がっていた。彼らが動き出す時、レイルたちの物語は、さらに深く加速していくことだろう。
第1話(続き):転生列車、四季乱れる森を往く
嵐の予感とマキナの登場
「ったく、こんな場所で悠長に構えてる暇はねぇんだよ!」
ギアスは空に浮かぶ飛行船を見て、いらだちを隠さない。しかし、私の目はその飛行船に釘付けだった。どこか、私の機関車の姿と似た、機械的な美しさがある。リーニャもまた、その飛行船から目が離せない様子で、手元の本を熱心に読み直している。
「あの紋章は……間違いないわ!『天空の調査団』ね!まさか、こんな森の奥地で出会うなんて……」
リーニャがそうつぶやいた直後、それまで穏やかだった「春の草原」の空が、にわかに暗転した。突如として、巨大な積乱雲が湧き上がり、冷たい稲妻がピカッと光る。そして、雷鳴が轟くと同時に、先ほどまで咲き乱れていた花々が、一瞬で枯れ果て、大地は乾いた砂漠へと姿を変えていく。
「な、なんですって!?こんな急激な変化は、記録にないわ!」リーニャが驚愕の声を上げた。
「おいおい、冗談だろ!?これじゃあ、砂嵐どころか、竜巻まで起こりかねねぇぞ!」ギアスが顔をしかめ、私とリーニャを背中に庇うように身構える。
強烈な風が吹き荒れ、砂が目に叩きつけられる。私の機関車のボディも、この風に煽られて大きく揺れた。再び、この「四季が乱れる魔法の森」の猛威にさらされている。こんな状況で、あの飛行船は大丈夫なのだろうか。
その飛行船から、一本のロープが垂らされた。そして、そのロープを伝って、一人の少年が颯爽と降りてきた。銀縁のメガネをかけ、整った顔立ちには一切の動揺が見えない。彼は冷静に状況を見渡し、私たちの姿を捉えると、迷いなくこちらへと歩み寄ってきた。
「ご無事ですか、調査員殿。そして、そちらが今回のイレギュラー、ですか」
少年は私たちをちらりと見ると、すぐに手元のタブレットのような機械に視線を落とした。
「私はマキナ。『天空の調査団』の記録係兼、観測技術士だ。このエリアの気象変動データに異常を感知し、急行した。予測では、このままではこの一帯の季節構造が完全に崩壊する可能性がある」
彼の言葉は簡潔で、一切の無駄がない。それが、荒れ狂う嵐の中で、妙に説得力を持って響いた。
「マキナさん!ちょうどよかったわ!この急激な変化を止める手立ては!?」リーニャがすがるように尋ねた。
マキナはメガネの位置を直し、冷静に答える。
「この異常な気象変動は、森の深部に存在する『季節の根源樹』の活性化が原因だと推測される。活性化を抑制するには、一時的に周囲の魔力流れを遮断する必要がある。しかし、その方法は……」
彼の言葉が途切れた瞬間、地面が大きく揺れた。轟音とともに、砂漠の地中から巨大な岩の塊が隆起し、私たちの行く手を塞ぐようにそびえ立つ。それは、まるで怒り狂った大地が姿を現したかのようだった。
~5人の結束と新たな旅路~
「ちっ、邪魔が入ったか!こいつは俺がなんとかする!」
ギアスが拳を固め、岩の塊へと向かおうとする。しかし、マキナが冷徹な声で制した。
「無意味な行動です、ギアス。その岩は魔力を帯びており、物理的な破壊は困難。さらに、その背後にはこの嵐をさらに加速させる『雷鳴の精霊』が控えている。無闇に近づけば、生命の危機に瀕します」
「じゃあ、どうするってんだよ!?このままじゃ、ここから一歩も動けねぇじゃねぇか!」ギアスが苛立ちを露わにする。彼のガテン系気質では、理屈では割り切れない状況が何よりも苦手なのだろう。
マキナは再び手元のタブレットに目を落とし、冷静に思考を巡らせる。
「……唯一の方法は、あの『雷鳴の精霊』の魔力回路を一時的に麻痺させること。それには、強い『静』の魔力波と、それを正確に届ける媒介が必要だ」
その時、これまで静かに様子を見ていたステイシーが、マキナの隣にそっと歩み寄り、小さな声で提案した。
「あの……マキナさん。私の持っているこれなら、もしかして……」
ステイシーが差し出したのは、普段彼女が大事にしている、小さなゼンマイ仕掛けのオルゴールだった。それは、清らかな音色を奏でるだけでなく、微かな静の魔力を帯びているようだった。
マキナの目が、一瞬だけ見開かれた。
「これは……なるほど。確かに、この魔力波を正確に、あの精霊に届けることができれば……」
そして、彼の視線が私へと向けられた。
「レイル。あなたの『機関車形態』の持つエネルギー放出能力、そしてその高速移動能力があれば、このオルゴールの魔力波を、正確に、一瞬であの精霊に届けることができるかもしれない」
「私が……?」
私に、そんなことができるのだろうか?不安がよぎる。しかし、目の前で苦しそうに歪む森の様子や、仲間たちの期待の眼差しが、私を奮い立たせた。私は、この体になった意味を、今ここで見つけたい。
「ポッポォォォォォォーッ!!」
私は力強く汽笛を鳴らし、機関車の姿へと変身した。リーニャは私の客車に飛び乗り、ギアスは私のボディを叩いて鼓舞する。ステイシーは、小さなオルゴールを大切そうに私へと手渡した。マキナは、私の進むべき正確なルートをタブレットで指示する。
「レイル!時速120キロで、あの岩の左側をかすめるように!角度は……!」
マキナの指示を受け、私は全身の力を込めて線路を走り出した。風圧が体を叩きつけ、視界が歪むほどのスピード。オルゴールから放たれる微かな静の魔力波が、私の機関車のボディを通して増幅され、雷鳴の精霊へと向かっていく。
一瞬の閃光。そして、精霊は呻き声を上げ、その魔力の暴走がピタリと止まった。巨大な岩は、ゆっくりと音を立てながら元の地中へと沈んでいく。荒れ狂っていた砂嵐も、まるで何事もなかったかのように静まり返り、再び爽やかな春の風が吹き抜けた。
「やったわ!成功よ、レイルさん!」リーニャが歓喜の声を上げる。
「へっ、やるじゃねぇか、レイル!」ギアスも腕を組み、満足げに笑った。
ステイシーは安堵の息をつき、マキナはタブレットを操作しながら、静かに「予測通り……いや、わずかに誤差がある。これは興味深い」とつぶやいた。
五人全員が力を合わせ、最初の大きな危機を乗り越えた瞬間だった。それぞれの能力が、それぞれの個性が、互いを補い合い、より大きな力となる。
「ポッポー!」
私は喜びの汽笛を鳴らした。この異世界での私の旅は、まだ始まったばかり。けれど、もう一人じゃない。温かい仲間たちの存在が、私の心を強く支えてくれる。
彼らとなら、この「四季が乱れる魔法の森」のどんな謎も、きっと解き明かせるだろう。そして、私の、いや、私たちだけの、絆のレールは、どこまでも続いていくのだ。
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