第21話 王宮の再会と、揺らぐ自然の声
白亜の塔を朝日が照らすころ、王都はようやく静けさを取り戻しつつあった。
謎の霧が消えたことにより、市民たちの混乱は収まり、医師館には安堵と感謝の声が戻っていた。
けれど、ミリカはその安堵の裏に、微かなざわめきを感じていた。
――自然が、かすかにざわついている。
心を澄ませば、草木の呼吸が狂い、風が落ち着きを失っているのがわかる。
それはまるで、彼女自身の身体が地脈とつながっているかのような感覚だった。
◆
「エリック、あれから……あなたの手が、ずっとあたたかいの」
ミリカは小声でつぶやいた。
王宮の庭園で、咲きかけた花のつぼみにそっと触れながら。
「僕も。君の力が、僕の中に流れ込んできた気がする。
……不思議だけど、落ち着くんだ」
彼は優しく微笑んで、隣に腰を下ろした。
「記憶の装置が壊れたことで、何かが変わったのかもしれない。君自身の力も、まだ完全に解き明かされたわけじゃない」
「うん……。でも、怖くはない。あなたと一緒なら」
言葉を交わすふたりの間に、いつか芽生えた“想い”が、ゆっくりと根を張っていくのを感じていた。
その時――
「よぉ、ふたりとも。すっかり仲良しじゃないか」
軽やかな声とともに、日差しを背にした影が現れた。
「ソラール兄さん!」
エリックがぱっと顔を輝かせると、金髪の青年が笑いながら手を広げた。
「無事でよかったよ。王都に戻る途中で、いろいろな噂を耳にしたからな。
――どうやら、ずいぶんと波乱万丈だったらしいな、エリック?」
「それは、兄さんが突然“旅に出る”なんて言うからですよ……!」
エリックの口調は少し拗ねたようだったが、再会の喜びに満ちていた。
◆
ミリカは少し離れてその光景を見つめていた。
この数日間で、エリックが“家族”とどう向き合ってきたかを思うと、胸があたたかくなった。
「……ミリカさんだね。噂は聞いている」
ソラールが柔らかく微笑み、彼女に近づいた。
「君が、この国の危機を救ってくれたと。
弟が君のことを話すときの顔がね、これまでに見たことのない顔をしていて――正直、びっくりしたよ」
「そ、そんな……私はただ……」
「“ただ”じゃない。君は、弟を変えた。きっと、王都の未来も」
ミリカは照れくさそうにうつむいた。だがその言葉は、確かに心に染みこんでいった。
◆
その日の午後、王宮の賢者会議が開かれた。
ミリカとエリックも招かれ、“装置”の崩壊と、グリム・ファードの残滓について報告を行った。
「しかし……不可解なのは、その影響が“まだ完全には消えていない”ことです」
エリックが机の上の地図を指差した。
王国の北部、魔力が薄いはずの乾いた地帯。そこに、植物の異常繁殖が起きているという報告があった。
「この異常……装置とは別の因子、あるいは“第二の仕掛け”が働いている可能性がある」
ミリカは地図に目を落とし、心臓がきゅっと縮むのを感じた。
「ここ……昔、お母さまと薬草を採りに行った場所です。
でも、あのとき、奇妙な石碑が……いえ、装置の“原型”のようなものを見た気がする……」
◆
夜、王宮のテラスで。
ソラールが葡萄酒を手に、月を見上げていた。
その隣に、エリックとミリカがそっと腰を下ろす。
「また、旅だな」
ソラールがぽつりと言う。
「今度は、王子としてじゃなくて、一人の人間として……何かを見極める旅になる気がする。
王宮にいても、見えないものがあるからな」
ミリカは静かに頷いた。
「私も行きます。いえ、“帰る”のかもしれません。自然の声が、また私を呼んでいる気がして」
エリックは彼女の手を握る。
「行こう、ミリカ。一緒に確かめよう。君の力と、僕の知識――合わせれば、見えてくるものがあるはずだ」
風が吹き、月光が銀色に揺れる。
ルナリエがふわりと舞い上がり、三人の頭上をぐるりと旋回した。
――次なる冒険の始まりを告げるように。
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