第6話 閉鎖された門と王家の証

 霧に沈む村をあとにし、ふたたび山道を抜けたミリカたちは、ついに王都の外縁へとたどり着いた。


 石畳に整えられた街道。幾重にも連なる見張り台と、高く堅牢な城壁。その先に続く王都の屋根が、陽を浴びてかすかにきらめいていた。


 しかし――その入り口には、異様な雰囲気が漂っていた。


 「……門が、閉まってる……?」


 ミリカが立ち止まり、驚き混じりに呟いた。


 王都の正門が、昼間に閉ざされているなど、通常ではありえない。

 周囲には槍を携えた衛兵が並び、道の先に進もうとする人々を厳しく制止していた。


 「立ち止まれ! 現在、王都への立ち入りは制限されている!」


 一人の衛兵が声を張り上げる。


 「す、すみません、でも……中に病人がいると聞きました。私は薬草を――」


 ミリカが肩に背負った籠を示しながら歩み寄ろうとしたそのとき。


 「待て!」


 鋭い声が響いた。


 別の門兵が、彼女の手元を見て警戒心を強める。


 「それ、どこで採った薬草だ? 封鎖区域から来たんじゃないだろうな?」


 「封鎖区域……?」


 「村に病が広がってる。お前らが感染源じゃないとは限らん。薬草も、毒かもしれんだろうが!」


 門兵たちの手が、剣の柄にかかる。

 数人が、ミリカとエリックにじりじりと近づいてきた。


 ミリカは思わず後ずさった。


 「待って、これは……毒なんかじゃない……!」


 必死に言葉を繰り返すが、彼らの目は信じていない。

 むしろ“怪しい薬草を持った女”という印象が、恐怖と緊張をかき立てているようだった。


 「落ち着いてください。彼女は病人を救おうとしてるんです」


 エリックが一歩前に出て、柔らかく、それでいて毅然とした声で言った。


 「証拠でもあるのか? 名前を言え。所属を明かせ!」


 門兵が詰め寄ると、エリックは静かに懐から小さな銀のペンダントを取り出した。


 ――そこには、精緻な双翼の紋章。


 陽の光に反射してきらめいたそれを、門兵たちは見逃さなかった。


 「……っ、その紋章……まさか……!」


 「お下がりください。彼は……」


 ひとりが言いかけ、慌てて言葉を飲み込む。


 エリックは軽くそれを握りしめると、低く言った。


 「今、立場を明かすつもりはありません。ただし、王家の命を受けてここへ来た。中に入れてもらえないなら、すぐに上へ報告してもらっても構いません」


 その口調に、門兵たちの空気が変わった。

 彼らは目配せし合い、ひそひそと短く言葉を交わした。


 「……裏手の通用門を開けましょう。記録には“医師の補助と随行者”とだけ記しておきます。よろしいですね?」


 「助かります」


 エリックが静かに頭を下げると、門兵のひとりが通用口へ向かった。

 扉がわずかに開かれ、ふたりは静かに中へと招かれた。


 


 ◆


 


 王都の中は、見覚えのある華やかさの影に、どこか不穏な沈黙を抱えていた。


 かつては明るく賑わっていたはずの通りには、人の姿がまばらで、窓は閉ざされ、軒先には“病除け”の札が結ばれていた。


 「……こんなに、静かだったっけ?」


 エリックがぽつりと呟く。


 「まるで……息を潜めてるみたい」


 ミリカの言葉に、ルナリエが小さく鳴いた。


 道の端に座り込む老人が、うわごとのように何かを呟いている。


 「土が……腐っていく……空気が……よどんで……また、ひとり、消えた……」


 耳を澄ませると、どこかの窓から咳き込む音と、苦しげな呻き声が聞こえた。


 エリックは静かに足を止めた。


 「……僕が離れているうちに、ここまで悪化していたなんて……」


 「王子様……」


 ミリカは、その呼びかけを呑み込んだ。


 エリックはまだ“自分が誰か”を明かしていない。

 けれどその背に宿る責任の重さは、彼の瞳に確かに映っていた。


 


 ◆


 


 二人は王都の中ほどにある医師の館を目指して歩き出した。


 そこには、王家付きの医官たちが集まっているという。

 病の情報、感染源、そして“霧”の正体――すべての鍵が、そこにあるはずだった。


 だが、その途中。

 またもや、人波の中に潜む“異様”に、ミリカは気づいた。


 「……あそこ、見て」


 とある小路の先。

 一人の若者が、壁に手をついてうずくまっている。

 その肩から、黒い“もや”のようなものが、ふわりと漏れ出していた。


 「……あれは……霧、じゃない……」


 ミリカがそっと近づこうとしたそのとき、ルナリエが鋭く鳴いて彼女の足を止めた。


 「っ!」


 もやが、触れる前にすっと引き、地面へと吸い込まれるように消えていった。


 若者は倒れ込んだが、次の瞬間、何事もなかったように立ち上がって歩き出していく。


 「今の……何?」


 「……“侵食”だ」


 エリックがぽつりと言った。


 「これは……病じゃない。なにか、“もっと根深い力”が、人の内側から広がってる」


 


 そしてミリカは、ようやく気づいた。


 ――自分の体に宿る冷たさ。

 ――あの夜、土から感じた脈動。

 ――霧の中で囁かれた、あの声。


 すべてが、繋がっている。


 「……私も、あれに、触れてしまってるのかもしれない」


 


 その言葉に、エリックは顔を上げた。


 「絶対に、守る。君も……この街も」


 


 そうして二人は、王都の奥へと歩みを進めていった。

 真実と、黒い根のような陰謀が、静かに待ち受けているとは知らずに。

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