第十六話:栄光の剣と真実の声

ホールは、水を打ったように静まり返っていた。

全ての視線が、中央に立つ私――『栄光の剣』に手を触れる、黒いドレスの娘に注がれている。誰もが固唾を飲んで、魔女と噂される娘が、これから何を語りだすのかを見守っていた。


私は、ゆっくりと瞼を閉じた。

剣の柄から、荒々しくも、誇り高い記憶が流れ込んでくる。


――それは、建国から数十年後。隣国からの侵略を受け、王国が存亡の危機に瀕していた時代の記憶。若き英雄、隻腕の将軍アルフレッドが、この剣を手に、絶望的な戦況の中、兵士たちを鼓舞し、先頭に立って戦う姿。


「我が命、この国に捧げん! 続け、王国の勇者たちよ!」


彼の雄叫びが、戦場に響き渡る。その姿に、兵士たちは死の恐怖を忘れ、獅子奮迅の働きを見せる。そして、数で圧倒的に劣る王国軍は、奇跡的な勝利を収めた……。


流れ込んでくる記憶は、まさに「栄光」そのものだった。

だが、記憶は、それだけでは終わらない。


――戦いが終わり、英雄として王都に凱旋したアルフレッド将軍。だが、彼を待っていたのは、民衆の喝采だけではなかった。彼の功績と人気に嫉妬した、当時の国王と、その側近たちからの、冷たい視線と、陰湿な策略。


彼らは、英雄アルフレッドを「王位を脅かす危険分子」と見なし、無実の罪を着せて、彼を失脚させようと画策する。


「……この剣が持つ記憶は、輝かしい勝利の記憶だけではございません」


私は、ゆっくりと瞼を開け、ホールにいる貴族たちを見渡した。そして、私の言葉を待つプラチド殿下を、まっすぐに見据えた。


「この剣は、英雄アルフレッド将軍が、その功績を妬んだ者たちによって、いかに不当に貶められ、そして、孤独のうちにその生涯を終えたかという、深い『悲しみ』の記憶をも、宿しております」


私の言葉に、ホールがざわめいた。

王家の公式な歴史では、アルフレッド将軍は、戦いの傷が元で、名誉のうちに亡くなったと記録されている。私が語っているのは、その公式記録を覆す、王家にとって不都合な「真実」だ。


「な……何を言うか、小娘!」


貴族の一人が、声を荒らげた。


「王家の歴史を愚弄する気か! それこそ、魔女の戯言に他ならん!」

「戯言、ではございません」


私は、静かに首を振った。


「アルフレッド将軍を陥れたのは、当時の宰相、ダリウス公。彼は、将軍が隣国と内通しているという、偽りの証拠を捏造しました。その証拠とは、将軍が故郷の妹へ送った手紙……その内容を、巧妙に書き換えたものでした」


私は、淀みなく語り続ける。剣から流れ込んでくる映像は、あまりにも鮮明だった。


「将軍は、弁明の機会も与えられぬまま、全ての地位を剥奪され、北の僻地へと追放されました。そして、失意のうちに、誰にも看取られることなく、その地で息を引き取ったのです。……この剣は、主の無念を、ずっと記憶しておりました。『我が忠誠は、偽りではない』と」


私の声は、静かだが、ホールの隅々まで響き渡った。

それは、もはや私自身の声ではなかった。数百年の時を超えて、英雄アルフレッド将軍の、魂の叫びそのものだった。


貴族たちは、言葉を失っていた。

私の語る内容があまりにも具体的で、そして、その声に宿る気迫が、彼らに「これが真実だ」と信じさせるには、十分すぎたからだ。


プラチド殿下の顔から、完璧な笑顔が消えていた。

その代わりに浮かんでいるのは、焦りと、計算違いへの苛立ち。彼が期待していたのは、私が支離滅裂な幻覚を語り、自滅する姿だったはずだ。


「……見事な、物語だな」


やがて、彼は絞り出すように言った。


「だが、アリア嬢。それは、あくまで君が『視た』というだけの、主観的な記憶。それを真実だと証明する手立ては、どこにもあるまい」


彼の言う通りだった。

私がいくら真実を語っても、物的な証拠がなければ、それはただの「物語」でしかない。


「いいえ。証拠は、ございます」


だが、私は怯まなかった。

なぜなら、剣の記憶は、私にもう一つの重要な情報を教えてくれていたからだ。


「将軍を陥れたダリウス公は、自らの罪の証拠を、決して誰にも見つからぬ場所に隠しました。それは、彼が自らの屋敷の地下に造らせた、秘密の書庫。そして、その書庫の鍵は……」


私は、ゆっくりと、プラチド殿下の隣に立つ、現国王陛下へと視線を移した。


「代々の国王のみに伝えられるという、王家の至宝、『賢者の指輪』。その指輪そのものが、秘密の書庫を開く、唯一の鍵であると、剣は記憶しております」


ホールに、再び衝撃が走る。


国王陛下が、驚きの表情で、自らが指にはめている、大きな指輪を見つめた。

それは、ただの装飾品ではない。王権の象徴であり、そして、古代の魔法がかけられた、強力な遺物でもある。


「……陛下」


私は、国王陛下に向かい、深く、恭しく、頭を下げた。


「どうか、ご確認を。もし、私の言葉が真実であるならば、ダリウス公の屋敷跡……現在の国立古文書館の地下に、歴史から抹消された書庫が、今も眠っているはずでございます」


もう、誰も私を「魔女」とは呼ばなかった。

私の言葉は、王家の歴史の闇を暴き、そして、真実を指し示す、神託そのものとなっていた。


プラチド殿下は、顔を青ざめさせ、唇を噛み締めている。

彼の仕掛けた罠は、完全に裏目に出た。彼は、自らの手で、私という鑑定士の力が「本物」であることを、全ての貴族たちの前で証明してしまったのだ。


そして、この夜会の主導権は、完全に、私と、私の隣で静かに微笑むレイドン侯爵の手に渡っていた。


「陛下、ご裁断を」


侯爵が、低い、だが威厳に満ちた声で、国王に促す。

全ての視線が、国王一人に集まる。

彼が、どのような決断を下すのか。


この国の、歴史が動く瞬間を、ホールにいる誰もが、息を殺して見守っていた。

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