記憶は皆無な俺、最強。なのに少女は止めたがる。 〜聖杯騎士団と滅びの世界で〜

@shochannnnnnnn

プロローグ 記憶を失くした、その日

 走る。

 ただ、走る。


 鉄床を叩く靴音。

 無機質な廊下を、赤い警告灯が断続的に染め上げていく。


 ──ビービービー……

 《緊急事態発生。緊急事態発生。危険生命体反応検知。──全“レクシス”は即時配備せよ。全非戦闘員は直ちに退避せよ──繰り返す。》


 耳を突き刺す電子音。この音が俺を焦らせる。

 どちらへ向かえばいい?逃げるべきなのか、それとも……違うのか。

 答えの出ない問いが、頭の中を濁らせる。


 ガン、ガン、ガン――

 遠くから響く複数の慌ただしい騒音。金属の靴底を叩く音と微かな話し声、見ずともわかる。それは、飾り気のない黒服を着た“レクシス”共の足音。

 ……あれは、敵?それとも、仲間か?


 《ビービー《緊急事態発生ガン、ガン《あいつ、どこにガン、ガガン》全非戦闘員は》ビービー》


 うるさい。思考が散る。


 ただ、俺は走る。すると、さらに声。


 「待ちなさい!」


 それは耳に焼きついた俺を支配する声。

 振り返れば、白衣の女がいた。

 赤髪をきつく結い、冷えきった蒼い瞳でこちらを射抜いてくる。それなのに、どこか──母親のような眼差しだ。

 愛なのか、所有欲なのか。どちらとも言えない、あの目が気味悪い。


 「ちょっと!どこへ行くつもりなの!?」


 俺は小さく舌打ちして、顔を背ける。

 けれど、彼女の声は、耳から離れない。


 「あなたには……使命があるの」


 ──またか。


 「逃げてはだめ」

 知らん。


 「あんたを目覚めさせたのはアタシ…」

 くどい。


 「願いを一つだけ、叶えて欲しい」

 ふざけるな。


 「どんな困難があろうとも、あんたがどうなろうと──」


 走って距離を離すも、道に迷い、声に追いつかれる。


 「何としてもこの願いは、叶えなさい!」

 うるさい。


 踵を鳴らして、滑るようにコーナーを曲がる。

 白衣の女が、追いすがる。


 「私があなたに与えた、たった一つの使命!」

 黙れ。


 行き止まり。踵を返すと、女。


 両腕を差し出しながら、まるで子どもを止める母親みたいに。


 「あなたは──最強なんだから!」


 心臓が焼けるように脈打つ。

 汗が頬を伝う。

 視界が滲む。


 「……指図するな」


 吐き捨てるように言って、壁を睨む。


 「俺を……縛るな!俺は俺だ、貴様の物ではないッ!!」


 前方を塞ぐ重厚な鉄の障壁。

 俺は、構わず拳を振り上げる。

 

 「な、あんた!やめなさい!」

 叫びながら俺に近づこうとするその女。


 「危険です。お下がりください。」

 後ろから追いついた″レクシス″の1人が女を制止する。


 ──ふざけるな。

 ──俺を、縛るな。


 「俺は……“そんな奴”になぞ、ならんッ!!」


 拳が鉄を割る。


 轟音。火花。風圧。金属が悲鳴を上げる。


 壁がひしゃげ剥がれ落ち、見えるは外。俺はその向こう側へ──


 ──吹き荒れる白。

 爆風。無音。凍てつく虚空。息ができねぇ。


 浮いた。

 体が、引きちぎられるように持ち上がる。

 重力の向きが狂ってる。

 足場が消えて、空気が奪われる。


 ──無音。


 さっきまでの騒音も消えた。


 警報も、怒鳴り声も、もう何も聞こえねぇ。

 残るのは、喉の奥を引き裂くような圧と、骨を砕く加速だけ。


 ──ギシギシギシッ……

 内側から骨がきしむ。皮膚が破れそうだ。

 熱いのか冷たいのか、それすら判別できない。

 ただ、世界が俺を“排出”している。

 ……まるで異物でも吐き出すみたいに。

 俺はこの世界に、拒絶されているのか?


 大気が燃える。

 火の舌が巻き上がり、空間が歪む。

 音が爆ぜ、視界が閃光に染まる。


 俺は、上へと舞い上がる。

 その速度は次第に勢いを増し、身体が焼けるように熱くなる。空(くう)を裂きながら。放たれた弾丸のように…。


 空も、宇宙も、全部ぶっ壊しながら。

 世界の真下から真上へ。


 いや──これは、堕ちているのか?

 やがて、霞んだ視界に飛び込むは、青と緑の世界。

 燃える空を裂きながら、俺の意識も、記憶も、音を立てて砕けた──

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