第9話 夜の屋敷と禁忌の瞳

 ゼラの案内で、三人は裏路地を進んだ。迷路のような細道をいくつも抜け、辿り着いたのは古びた屋敷だった。


「ここよ」


 軋む扉が開くと、中からふわりと甘い香りが漂ってきた。

 一歩足を踏み入れると、内装は外観とは裏腹に華美で、赤い絨毯に金細工の装飾が光っていた。


「まるで別世界だな……」


 レオスがぽつりと呟く。


「情報屋ってのは、そんなに儲かるのか?」


「ふふ、さあね。でも、貰い物も多いわ」


 通されたのは、赤い絨毯と紫のカーテンが印象的な応接間。


 フィンは警戒しつつ、少し遠慮気味に入る。


「し、失礼します…」


 そんなフィンも、ふかふかのソファに腰を下ろした瞬間、疲労のせいか、ドッと疲れを感じ息をついた。


「ふぅ……このソファ、気持ちいいです」


「お飲み物はどう? 毒なんて入ってないから安心して」


 ゼラが笑みを浮かべ、指を鳴らすと、無言の召使いらしき存在が湯気を立てるカップを運んできた。


「お気遣いいただいたところ申し訳ねぇが、俺等はアンタを信用したわけじゃねぇ。口はつけねぇよ」


「ふふ、それは残念ね。お好きになさるといいわ……。さて――」


 ゼラがロアスたちを見回す。艶やかな唇が吊り上がった。


「じゃあ、あなたたちのこと、全部教えて?」


「……俺たちは冒険者だ。依頼を受けてこの街に……」


「嘘」


 レオスの言葉を遮るように、ゼラが囁いた。


「……っ」


「ごめんなさい。そうよね、いきなり質問するより、まずは私の方から自己紹介しないとね」


 ゼラはそう言うと、脚を組み、微笑みながら自分の右目に手を添える。


「私はゼラ・フィアラス。情報屋、これは本当。で、私には趣味――いえ、生き甲斐にしてることがあるの……ふふふ、ねぇ、あなた、何だと思う?」


 それはロアスに向けられた。右手を広げながらロアスの頬に触れかかる。

 その仕草に、フィンは少しムッと眉間にシワを寄せる。


「…興味ない」


 と、ロアスが一言。それにレオスが続く。


「勿体ぶんな。何が言いてぇんだ」


「ふふふ、つまらないわねぇ……そういうんじゃモテないわよ?もっと会話を楽しみましょう?」


 レオスは面倒臭いと言わんばかりに、肩をすくめ、ドサッとソファにもたれかかる。


「もしかして、その、私詳しくないんですけど…危険な魔術…とかですか?」


 フィンがポツリと呟く。


 ゼラはニヤリと美しい口元を歪ませ笑みをこぼす。


「あら、可愛いお嬢ちゃん……もう大正解!答えは、禁忌魔術。とくに“死”に関するものが好きなの。骨、腐肉、魂、そして……真実」


 そう言った瞬間、彼女の長い前髪の下――隠されていた左目が、ぐにゃりと蠢き、まるで肉塊のように脈打ち、意志を持ってこちらを睨んできた。


「……見せてあげる。これが私の“生き甲斐”の一つ。〈真実を暴く魔眼(イクリプスアイ)〉よ」


 髪を払うと、そこには巨大でグロテスクな眼球が覗いていた。瞳孔は縦に割れ、周囲には血管が脈打っている。


 フィンが息を呑む。ロアスは無反応だが、レオスはは身体をわずかに前に出し、警戒の構えを取った。


「安心して。見てるだけじゃ何も起きない。ただ――あなたの言葉が“嘘”だったときだけ、疼くのよ」


「禁忌魔術とはなんだ?」


 ロアスの問いに、フィンが答える。


「禁忌魔術……村長さんから聞いたことがあります。普通の魔術と違って、命とか魂とか、人が触れちゃいけない領域を扱う魔術のこと……だったと思います。使用者は、神様に背いた罪人として、最後には重い罰が降るって……。セラフィトラ神政国ではもちろん。大抵の大国は法的に禁止としているはずです」


 ゼラは感心したように手を静かに叩き称賛する。


「まだ若いのにすごぉい!よくお勉強してるのね………。ねぇ、可愛いあなた、なんで″危険な魔術″だと思ったの?」


 フィンは、おずおずと、指で示す。


「……?」


 ロアスとレオスはその指の向こうに視線を向けた。その先は、さっきカップを運んできた召使いだ。


「…その人、ちょっと臭ったの……。で、どんな人だろうと思って、顔をよく見たの…そしたら、なんか腐ってて…」


 ゼラは髪を戻し、いつもの妖艶な笑みに戻る。


「ふふふ。そんな言い方しちゃイヤよ。私にとっては可愛い可愛いペットよ」


 青ざめるフィン。それとは裏腹に息を吐きながら、天を仰ぐレオス。


「ま、知ってたさ。この街で平気な顔で暮らしてるヤツに″普通な人″がいるわけねぇよな」


 ゼラは妖艶の笑みのまま、少し声色を低くする。


「私の眼は嘘がわかる……だから、質問の仕方を変えるわね。“包み隠さず偽りなく”、あなたたちのことを教えて」


「……取引ってわけか」


 レオスが低く唸るように言った。


「ええ。あなたたちがすべてを話せば――あなたたちが欲しがってる情報を、私があげる。それでどう?」


 ゼラは手のひらを上にして差し出すように広げた。まるで舞台上の女王のように。


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