第5話

 先ほどまで隣に座っていた佐々木君の席へと手を乗せ、彼が降りて行ってしまった駅の方面へと視線を向ける。


 クラスが同じになる前から、佐々木君の事は知っていた。


 理由は単純で、私に一切の興味もなければ欲情もしない男の人であったから。


 学校では様々な感情や心の声を向けられることが多い。ドロドロとしたものや欲情しきった猿のような気持ちの悪いもの、どう私を犯そうだとか、昨日私をオカズにして抜いただのそう言った気持ちの悪いもの。


 男の子だけではない。女の子からも妬みや嫉妬、死んでしまえ、お前が居なければという感情を向けられる。


 そう、私は人の思っていること、感情を読み取ることができる。いや、脳に流し込まれているといった方がよい。


 私と関わりの弱い人間。


 例えば、顔見知り程度であれば、そこまで正確に読み取ることはできないが学校でずっと話しかけてくる人や無理やり関わりを持とうとしてくる人の心は読めてしまう。


 勿論、私が興味を持った人も正確に読める。


 その心の声が聞こえる私にとって彼は安らぎといってもよかった。


 彼は私が隣の席であろうが気にしないし、何なら休み時間になって私の席に集まってくる人間が邪魔で仕方なく、早く席替えをして欲しいと願っているほどである。彼にとっては、私は心底面倒くさい立ち位置の人間だろう。


 彼の事を知ったのはいつだっただろう。


 高校に入ってまた同じ生活が始まってしまったと感じ始めた頃、私は廊下でたまたま彼と目が合った。


 が、彼は「へぇー、これがマドンナね」というその程度の、私なんて歯牙にもかけていないという感情を読み取ることができた。


 そのまま彼は私から興味が失せたのか視線を外し、自分のクラスへと戻っていってしまった。


 そこから彼に興味が出た私はいつからか目で追っていた。


 そして、入学から一年。


 二年生になり新しくクラスが変わったことで何の運命なのか、彼と同じクラスになり、程なくして席も隣になった。


 だが彼にとっては、山下君が隣の席の方が何倍もうれしいだろう。


 そんな日々が続いていたが、今日の出来事が起こった。


 期末テストも近くなってきたし、来年の受験を考えれば今から少し先を見据えないとなと思い、駅近くの書店で参考書を買った帰りの事。


 目の前に急に立ち塞がられ、避けて先に進もうとしても邪魔をしてくるせいで進むことができない。


「ねぇ、君。ホントキレイだね」

「キモっ」


 こうなることは薄々分かっていた。だから下を向いてどうにか彼らを見ないよう必死に駅の改札へと向かっていたのだから。


 大学生くらいの若い三人組で、いかにもな見た目をしている。


 誰か助けてくれないものかと周りを見る。


 見ると、何人か同じ高校の男子生徒もいたし、私に何かあれば絶対助けると豪語していたサッカー部の吉田もいた。


 だが、今、彼は「い、いや。タイミングが悪いだけ。ほ、本当なら俺はあいつらなんて」と心の中で誰に言い訳しているのかも分からないことを呟いている。


 元から彼には期待なんて一切していなかったが。


 哀れみや情欲を向けられ、あぁもしかして誰も助けてくれずこのまま連れていかれ、レイプされてしまうのだろうかと思っていると、こんな声が聞こえた。


 さて、どうしたものか。


 無数にある声の中からそんな心の声が聞こえ、私はそちらへと視線を向けると彼と目が合った。


 すると、彼は面倒くさい、誰か彼女を助けないのかとそう言ったことを心の中で呟いていた。


 周りを見渡し、吉田へと愚痴を吐いたあと誰もやりたがらないことを悟ったのか、仕方ないから助けてあげるか。気分悪いし、とも彼は考えていた。


 ありがたいと思ったが、それと同時にどうやって私を助けるのだろうという不安も残った。まさか、彼がこの男の人たちを相手にして勝てるわけがない。


 警察にでも通報してくれるのだろうか、と私は無理やり手を引かれながら考えていると彼は人気が居なくなったところで何でもないように声を掛けてきた。


 そして、そのまさかの出来事が起こった。


 一瞬で男どもねじ伏せ、颯爽と私を助けてくれた。


 私は助かったのだという安心と共に、一つ大きな不安があった。


 過去にこうして助けてもらった後は、その人は決まって私の体を求めようとしたり、どうにか繋がりを持とうとしてきたのだ。


 彼がそうなってしまわないかとそう思ったが、彼は何も変わらなかった。


 私を助けた理由だって、自分にとって都合が悪いから。


 ただそれだけ。


 彼は今すぐにでも帰りたそうな気持ちを出していた。

 

『よし、片づけ終わり。あとは、霜月さんへと心配の言葉を投げかけて帰ることにしよ』


 そんな事務的な心の声が聞こえ、彼とはここでお別れなのかと思うとどうにも寂しかった。

 

 「大丈夫?霜月さん。災難だったね」


 なんて返せば、彼は私に.....


「霜月さん?」

「....っえ!?あ、ごめんなさい。助けてもらって有難うございます」


 私が何も言わなかったので、襲われたせいでどうも混乱しているらしい、と思われてしまった。


「いや、大丈夫だよ。それよりも早く家に帰りな。あんな奴らがまたいないとは限らないんだから」

「そうですね。あの.....」

「それじゃ、また学校で」


 彼からの言葉を何とか返し、話を長引かせようと思ったが取り付く島もなく彼は帰ろうとする。


 どうしたらよいのだろう、と必死に考えるが思いつかずとった行動と言えば彼の手を握るという、佐々木君から見ればよく分からない行動だった。


 何とかそこから必死に考え、言い訳をつけて彼と帰ることができた。初めて相手の考えが分かるというこの能力が役に立った時である。


 襲われた女の子をほっといてはいけないという彼の良心を使ったのだ。


 そこまでして一緒に帰るのだから何か話をしなければと思うものの、何も言うことは出来なかった。


 彼は、気が使える男は何か面白い話題などを話すのだろうけれど僕にはその手の知識がないし、無駄な雑学でもしゃべって滑ってしまったら恥だ、なんて言っているけれど私がお願いして一緒に帰ってもらっているわけだし、私から何か話さなきゃいけないはず。


 それに、今は彼と話せれば、声が聞ければ何でもよかったから雑学でも話してくれた方が嬉しいけれど、それは言えない。


 悶々としながら歩き、駅へと着いて、こうして今は一人で電車に揺られている。


 頭が彼でいっぱいだ。


 それが悪いだなんてこれっぽっちも思っていない。だけれど、他の人の心の声が気にならない程彼の事を考えていた。


 胸の中がポカポカして頭が、ふわふわとしていた。おなかの奥がキュンキュンとしていた。


 明日は話しかけてもよいのだろうか。今日の事でお礼をしたいと言えば...いや、彼は私とは別に関わりたくはないのでは?


 頭が隙間なく彼の事で埋め尽くされていった。


 いつの間にか降りるはずの駅を過ぎ、気づいたのは三駅ほど過ぎた頃だった。


 


 


 


 

 


 

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