第56話 迷宮と君主
「いわゆると言われても、君主の王冠なんて聞いたことないわ」
「あれ、そう? じゃあ軽く説明しておこうか。ザルカバーニにいる以上、いろんな事の前提になる話だし」
アカリはそう言うと、少し考えた。
わたしはチラとミシュアを見る。彼も見当はついていない顔。
つまり、魔法使い由来の話だろう。
「まずは迷宮についてだけど、これが古い時代、地上を満たした瘴気から逃げるために作られたことは知ってるよね?」
「以前もその話はしてくれたわね。……あれ、でもその時は迷宮が瘴気と魔獣の温床だと言ってたわ。そこを開拓したって」
「うん。そこはややこしいんだけど……古代においては、地上を瘴気が満たす、瘴気に触れて魔獣が生まれる、という流れがあったんだ。で、瘴気の発生原因を調べていたら迷宮だったから、そこを攻略した。けど一度瘴気に汚染された地上は簡単に元には戻らなかったから、時間をおく必要があった。それで迷宮をその避難所とする、という流れがあったんだ」
「瘴気の発生源だったのに?」
「瘴気の発生には条件があって、迷宮の主……これを君主と呼ぶんだけど、この君主が瘴気をまいてたんだよ」
余談だけど、現代ではまだ瘴気としか呼ばれていないが、これから数十年のうちに、ミスティアの魔術師達は瘴気を魔力と呼び、魔術運用に用いるようになる。
「魔獣は瘴気による変質を元として生まれた生き物だから、より強大な力を得ようとして瘴気を取り込み、その影響で瘴気を増やす。だからこういう迷宮は見つけ次第、探索隊を組んで、君主の討伐を行う必要がある。現代で見つかる迷宮は大概このタイプだね。セルイーラ砂漠ではそれ専門の部族があるし、アルリゴでは迷宮の代わりに島が汚染されて、それを海王府の海軍や海賊達が対処してるみたいで、それぞれの対応方法を確立しているみたいだけど」
さて、とアカリは顎を撫でて話を戻す。
「わたしたち魔法使いが治めた宝石迷宮もそういう迷宮の一つだった。正気の発生源を探して見つけた迷宮を潜り、君主を倒し、代わりに魔法使いが君主となって、地上からの避難所としての迷宮の開拓を始めた」
まずここまでがわたしの疑問に答える形での迷宮の話。
ここからは新しい話になる。
「開拓された迷宮には無数の魔法使いの君主が生まれ、それぞれの運命に基づいた運営が行われていた。……それが時代が進み、地上へ再び進出するようになった。そうしてセルイーラやアルリゴの建国に繋がるわけだ」
少し話が逸れるけど、とアカリは続ける。
「瘴気から逃げ出したときから、人の歴史は瘴気とどう折り合うかの歴史だ。魔法使いは地上に人の生存圏を作るに当たって、瘴気や迷宮と様々な形で折り合いをつけようとした。それが具体的にどういうものかは建国の王のみぞ知るというところなんだけど……」
アカリの見立てでは、ここセルイーラ砂漠での部族の在り方、オアシスの在り方には魔法が絡んでいるらしい。
「魔法はもともと不思議と折り合うためにある。その不思議とは瘴気のことでもある。……見ること、触れること、理解することのかなわないものを相手に運命を見いだし、その流れから折り合いを見いだす。瘴気の扱いはその土地の個性に繋がるものだ。……とはいえ、全部が全部うまくいくわけじゃなくてね、ということで迷宮の話に戻ってくる」
なんだか遠い歴史や建国の裏話のようなことを話していたが、そう言えば迷宮の話だった。ちょっと忘れかけてた。
「君主がいなくなれば迷宮は崩壊し、失われる。けど、実のところ迷宮自体が瘴気の産物だから、迷宮が崩壊し混沌に落ちても、今度は瘴気が残る。残った瘴気はいつか何らかの形で君主を生み出し、またひょっこりと迷宮が生まれる。現代で発見される迷宮は大抵これだ。そして対処方法は先ほど話したとおり、君主の討伐になる」
で、その指輪、とアカリがわたしの手のひらにあるものを指す。
「それは君主の王冠と言われるもので、迷宮の君主が持つ力の結晶だ。それを使えば迷宮の君主の座を奪うこともできる。昔、宝石迷宮の頃はそうやって代替わりしたり、君主の座を陰謀で奪ったりしてたんだ。力の無い魔法使い達の涙ぐましい努力の跡だね」
真に力ある魔法使いなら、別にそんなもの必要ない。君主を倒し、その地に自らの背負う運命を敷いて君臨すればいい。
しかし血族に君主の座を引き継がせたり、君主交代による迷宮環境の変化を最小にしようとして、王冠の譲渡をすることもあったらしい。
「今回の迷宮で出会ったのは珊瑚の化け物で、猛毒を放つイソギンチャクとか雷を放つクラゲとか、とにかく沢山の眷属を使役しててね。その中心に大きな貝を抱えてて、倒したときにその貝を割ったんだけど、中にこれがあったんだ。こんな人工物が出てくるあたり、元は宝石迷宮の一部だったんだろうね」
「それを持ってくるのをシフレヤが許したんですか?」
ミシュアがいぶかしげに尋ねる。
アカリは肩をすくめた。
「彼らにとっては、迷宮で見つけた貴重な道具の一つ、くらいの認識みたいだよ。今回は報酬としてくれるそうだから貰ったけど、どういうものかは気づいてなかったみたい」
「えー。それ、教えなかったの?」
「話して悪用されたり変な活用をしようと企んで魔獣になっても困るし、やらかした後の責任とるところまで面倒見る気もなかったし……。まあともかく、君主の王冠ってそういうものなわけ」
残しておいて、うっかり自然発生した魔獣が食べたり取り込んだりしたら迷宮復活もありえるので、こうして持ち帰ってきたそうだ。
「そっか……うーん。でも、これで良いのかなあ」
ユスラは不満そうだが、アカリが責任持てないと言った事には納得したらしく、それ以上は不満を口にしなかった。
「わたしとしてはそういうものを由来も話さずにお土産にするのはどうかと思うけど……」
「君主の王冠については知ってると思ってたんだよ。海神はアルリゴ最大の迷宮の君主だったんだから」
「ああ、そういうこと……」
残念ながらそういう知識は持っていない。海神としての知識というか力は感覚的なもので、あんまり言い表せないものも多いのだ。
その感覚的なもので言うなら、この指輪を見ていても「わたしなら大丈夫でしょう、なんとなく」という感じはしている。
「このあたりを念頭に置いておくと、管理部族というのがどういうものかもわかりやすいよね」
と、アカリは突然そんなことを言った。
「どういうこと?」
「ん? だから、彼らはザルカバーニ迷宮の君主と家臣だって事」
わたしたちはここで初めて、ザルカバーニが迷宮だとはっきり意識することになった。
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