第47話 三日目の釣果
ある人物が腕のいい呪術師を探しているという。
報酬は三大魔獣サルアケッタの核宝珠。
そう言ってのけたのは、最近、海の向こうからやってきた大商会の長ミリアム。
彼女がサルアケッタ討伐をしてのけたことはすでに噂として知れ渡っている。そこに出てきた、核宝珠。嘘か真か分からねど、興味深い話に違いない。
管理部族の失態から始まる大勢力のせめぎ合いなんてそっちのけ。ザルカバーニは新たな騒ぎに熱狂しつつあった。
「……いや、確かにそれなら引っ掻き回せるが、そこまでやるかい」
「うん。みんな驚いてた」
「引いてたんじゃないか? ま、どっちでもいいけどさ」
気づいたら待ちに妙な熱狂が宿っていた。もめ事の報告が増えて、呪術師狩りなる変な騒動が始まった。呪術師達の組合からは苦情が入るし、よく調べたら砂漠の影もナドバルも動き始めている。なんかよくわからんことになっていた。
ジャナーは、すぐさまハイダラを呼び戻した。たぶんあいつらの仕業だろうと思ったのだ。正解である。
ただ、聞き出したことに新鮮味はあまりなかった。すでに聞き及んでいる話と同じだったからだ。
つまり、何度聞いてもちょっと信じがたい話だった。
「サルアケッタの核宝珠ねぇ。本当ならどういうことかわかってるんだろうね」
「わかってなかったみたい。怒られてた」
「へぇ。それでも強行したのかい?」
「うん。『わたしたちには価値がない』だって」
核宝珠はうまく使えば元となった魔獣をもう一度生み出すことができるし、それを操ることもできる。もともとシュオラーフ王家がサルアケッタを手に入れたのもそういう事情だ。
ミリアムの言う核宝珠が本当にサルアケッタのものかはともかく、核宝珠は名の知れた大魔獣にしか見つからない。手に入れれば、およそ他者の及ばぬ力を手に入れたも同然だ。
「ラティフ達は、壊したがってた。けど、ミリアムに説得された」
「カルサイもいただろう。あいつも?」
「うん」
「へぇ……それは興味深いな」
三大魔獣を許す狩人はいない。ましてやカルサイはその点揺らがない。アレは魔獣の可能性があるというだけで砂漠の影の長とすら刃を交わす狂人だ。
それを引き下がらせるなら向こうにも相応のカードがあるはず……。
どうも、この方面ではミリアムはまったく得体が知れない人物だ。
「まあいい。不思議と都合は悪くないからね……」
騒ぎが想定以上にでかくなったとはいえ、この混乱は調停者としても介入しやすい。
結果だけ言えばかなり都合がいい。
だが不思議と展開は自分の制御範囲を飛び出している。
ミリアムは主導権をとることを大事にした、とハイダラも言っていた。たぶんそういうことなのだろう。
とはいえサルアケッタの核宝珠を持ち出すというのは価値観がどうなっているのかと問いたいが……。
「さて……こっちも呆然としてないで手を打つとするか」
「僕は、彼らの助けになるよ」
「それでいい。別命はなし。方針は変わらない」
「はい」
ジャナーはハイダラを送り返すと、ため息を一つつき、手紙を書き始めるのだった。
「宛先はバハルハムスかナドバルか……。いや、ミリアムはバハルハムスから来たんだったな。選択肢は一つ、か」
告知から三日。襲撃は十七回、うち砂漠の影に雇われたとおぼしき人々によるものが八件に、ナドバルが背後にいるとおぼしきものが三件。残りの六件は勇敢な現地の民によるものだった。あまり腕利きではなかったのが残念だ。
交渉はわたししか受け付けない。キャラバンの仲間に手を出した場合無条件に殺害する。その宣言をした後もしばらくはキャラバンが狙われたが、狩人たちと騎士が占い師のバックアップを受けて警戒態勢をとれば割となんとかなった。いざとなったら眷属を動かすつもりだったけど、そこまでしなくても良かった程だ。
買い出し関連はジャナーを動かして信頼できる筋に運び込んでもらっている。こちらが押さえられたら面倒だなぁと思っていたけど、管理部族の立場をうまく使ったのか、この三日間流通は滞りなしだ。モタワも独自の流通経路を作りつつあると報告が上がっていて、この方面の状況はかなり良くなっている。
一応買い取った物資に毒が入ってる可能性も考えて眷属やユスラで毒味をしていたけど、こちらも問題なし。というか万が一ユスラが毒に当たったら大惨事なのでジャナーも気を遣ったのだろう。一度、慌てておいてくものを間違えたとかで交換があったけど。
こうなるといよいよ、わたしを襲うか騙すか交渉するしか手がなくなってくる。
結果、昨日は街をほっつき歩いているだけで監視の目がうるさいわ襲いかかってくる人がダース単位でいるわ、交渉する気があるのかないのかわからない変な話を自称呪術師から聞かされるわと、大分賑やかになってきた。
わたしが思った以上にサルアケッタの核宝珠(一回壊れてる)は価値があったようだ。
「そろそろ腕利きが出てほしいものだけど。いっそ広場でティータイムにでもしようかしら」
「命が幾つあっても足りませんよ」
「やめた方が、いい、と思う」
付き人のような監視のような感じでついてくるコーレと、護衛のハイダラにはっきり止められた。
「わたしは襲われても平気よ? 多分」
「あなたの心配なんてしてないですから」
「大丈夫。あなたも守れるわ」
「……うー」
「騒ぎが、大きくなる」
コーレが唸って睨む。
代わりに、ハイダラが口を開いた。
「それに、そういうとこには、目当ての人は寄ってこない、と思う」
「そうなのね。これが海賊なら我こそはと人がどんどん出てくるのに……」
思えば海賊たちは陽気だった。どれだけ日陰に隠れても騒ぐのをやめられない愛すべき馬鹿達。
おかげさまで賞金をたんまり稼がせてもらったものだ。
「そう……あなたのおすすめはある?」
「難しい。こちらから声をかけに行っても、取り合ってくれないと思う。うまくいかなければ、名前に傷がつく」
「ああ、有名になりすぎたのね。じゃあもうナドバルかバハルハムスにでも近づいてみようかしら……」
このまま誰もが無理だと諦めて状況が落ち着いてはつまらない。海に風も流れもなければ船乗りにできることはだいぶ少ない。わたしたちが主導権という舵を握り続けるには、嵐の方が都合がいいのだ。
「ミリアム。人が来てる」
「あら? 気づかなかったわ」
「僕も、今、気づいた」
そんなタイミングで、ようやく面白い出会いがあった。
ザルカバーニの街中を歩いているわたしたちをじっと見ている、黒装束の娘。
深くかぶったフードの下から見える薄い金色の瞳は、おそらく、ほとんどものが見えていない。
「ミリアム、ですね。……お話があります」
「いいわよ。ここで?」
「あまり、人目につきたくありません」
「なら移動しましょう。ハイダラ?」
「こっち」
さて、彼女は期待に応えてくれるだろうか?
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