第40話 情報屋を探す

 わたしたちへの説明の後、ミシュアとカルサイは早速ザルカバーニの暗い街中へと向かった。まずはカルサイの伝手で情報屋に会うのが目的だ。


「どんな人なんですか?」

「名は、ハイダラ。かつては砂漠の影だった」

「は?」


 ミシュアをして想定外の話だったらしい。頭の中に「大丈夫か?」という不安がよぎるも、他に手立てもないし、不安がっても仕方ないと切り替える。


「ミリアムがいなかったのは幸いかもしれませんね。面白がって何をしでかすことか」

「同感だ」


 誠に不本意ながら彼らの中では元砂漠の影の情報屋に会うより、わたしが元砂漠の影と出会う方が危険度が高いらしい。

 先に起こるか後に起こるかの違いしかないと思う。


「ハイダラとはどういう経緯で?」

「ビシャラを追っていた頃、その中で砂漠の影が拠点としていた施設を見つけて、潜り込んだことがある」

「……そういえば、一時期ケトルカマルの次期領主候補が砂漠の影と対立したとありましたね。そのあたりですか?」

「ああ」


 現ケトルカマル領主が『虐殺領主』の二つ名で呼ばれるようになった事件だ。


 かつてケトルカマルの領主の息子達、兄弟二人が、次期領主座を巡って争った。

 古の慣習に則り、より大きな成果をオアシスにもたらすべく競争することになったのだ。


 兄は新たな小オアシスを発見した。

 弟は新たな小オアシスに運営に関与し、商人たちと連携してオアシスの発展に大きく寄与した。


 どちらの成果も甲乙つけがたく、高齢の領主が悩んでいる間に事件が起きた。

 商人を通じて弟が砂漠の影に取り込まれてしまったのだ。

 小オアシスはみるみる治安を悪くしていき、シュオラーフの間者……砂漠の影の手の者や盗賊たちが入り込む。このままではケトルカマルにも影響を及ぼそうというところまでいってしまった。

 最初は代官に立っていた弟に事態の収束を任せていたが、どうにも芳しくない。

 そこで兄は領主から兵を借り、他にも砂漠の影と対峙すべく多くの人々を巻き込んで小オアシスに攻め入った。

 抵抗は激しく、無関係の住民も大勢巻き込んで戦いは泥沼化の兆候を見せた。


 兄は小オアシスごと焼き払うという強攻策をとった。

 多くの住民を巻き込む作戦には反対の声も多かったが、すでに砂漠の影の介入により洗脳された住民による自爆特攻なども行われており、すでに民を選別して助けられる段階になかったというのが大方の見方だ。

 結果、誰もが苦い思いを飲み込みながら小オアシスを焼き払うことになった。


 しかし離れた地ではこの事情とて必ずしも汲み取られるわけではなく、砂漠の影やシュオラーフの情報工作もあり、現ケトルカマル領主は虐殺領主の名で呼ばれるようになったのである。

 なお、弟はその時に炎に巻き込まれて死んでいる。ケトルカマル領主の座は兄が引き継ぎ、今でも一部の者に虐殺領主と揶揄されている。


「俺は小オアシス平定に手を貸していた。その流れで砂漠の影の残党を始末することになった」


 カルサイは調査の中で砂漠の影が拠点としていた施設の一つを見つけた。

 その奥、穴蔵の底には、殺し合いを続けていた者たちがいた。

 どうやらそれは砂漠の影の訓練施設のようなものだったらしく、わずかな光しかない地下空間で延々と魔獣や同胞と殺し合いを続けていたのだ。

 カルサイが発見した時には、穴蔵には生き残り二人だけ。それが最後の殺し合いをしているところだった。


「そこで俺が拾ったのがハイダラだ」

「生き残りが決まるのを見ていたんですか?」

「いや。もう一人はビシャラが連れて行った」


 カルサイが邪魔に入れば、殺し合おうとした二人はこぞって襲いかかってきた。しかしいくら砂漠の影とはいえまだ年若く修業中の身。歴戦の狩人カルサイに及ぶことはなく、二人は為す術もなく叩き伏せられた。

 しかしそこにビシャラの妨害が入った。彼はカルサイに奇襲をするも防がれ、すぐに片方を連れて逃げ出したのだ。カルサイはしかたなく残されたもう一人を連れ出した。


「しばらく面倒を見てやったあと、放り出した。あれは狩人にはなれんからな。別の生き方を見つけねばならなかった」

「それで行きつく先がザルカバーニですか……」

「いっそ国外に出るのもいいと思ったんだがな。あいつはこの砂漠に残ることを選んだ」


 ぶっきらぼうな口振りとは裏腹に、結構あれやこれやと面倒を見て、別の道を提案したりもしたカルサイであった。

 今のあり方はハイダラが選んだ道だとわかり、多少は咎める雰囲気もあったミシュアは何も言えなくなってしまった。


 まあ、少なくとも、ハイダラのバックグラウンドはわかった。とりあえずそれでよしとしよう、とミシュアは結論した。


「さて、そのハイダラですが、どこで会えるんですか?」

「そろそろ向こうが見つける頃だろう」


 実際に声がかかるのは、カルサイがそう答えて数分後のことだった。

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