第27話 砂上船の戦い(2)

 アカリが呪術師と切り結んでいる頃、カシャーは慎重に船の中を歩いていた。

 向かう先は罪人を捕まえておく軟禁部屋。そこにはシャオクの騎士ウェフダーが捕まっている。

 ウェフダーはカシャーと共に砂上船に乗り込んですぐ、ありもしない罪をでっち上げられて拘束されていた。拘束指示を出したのは呪術師と共にいる剣士の方だ。


 だが、それは予定通りの流れだった。


 カシャーは船に乗る前、ウェフダーが抵抗し、剣士を切り付けた未来を見た。

 ウェフダーが勝ったはずなのに、気づけば剣士に傷はなく、ウェフダーがボロボロになって膝をついていた。そして剣士は何も言わずにウェフダーの首を刎ねたのだ。そしてバハルハムスに攻め入ったシャオクは止める者もおらず、虐殺に酔い狂い果てることになる。

 あの剣士とは戦ってはならない。カシャーはそう忠告し、ウェフダーと事前に相談した。そして何かあればすぐに手のものと協力して軟禁部屋で保護する手筈を整えた。

 計画はうまくいき、カシャーは自分でまじないを施した軟禁部屋にウェフダーを保護することに成功した。

 残念ながら協力してくれた兵士たちも、船に乗ってすぐに他の船員同様虚ろになってまともに話ができなくなってしまったが、まだギリギリ、最悪の事態は避けている。カシャーはそう考えていた。


 カシャーは虚ろな船員たちの間をするすると抜けていく。呼び止められることはない。見回りに歩く者と出会した時は悲鳴を上げてしまいそうになったが、兵士は何も気づかなかったように通り過ぎてしまった。

 これが魔法というものか。カシャーは未だその実在に半信半疑ながら、認めなければならない、と思い始めている。


 カシャーを始め多くの人々にとって、魔法使いなんていうのはお伽話の登場人物だ。本当にいたと言われても笑われるだけ。ましてや魔法なんてあり得ない。初代王は魔法使いだったというが、それは偉大な呪術師だったことを誇張した程度のものだろう。そう思っていた。

 だが、カシャーの目の前に現れた魔法使い。そして夢のお告げ。

 もし本当に魔法使いが来たのなら、この状況も変わるのかもしれない……。


 悩みながらも足を進め、カシャーは軟禁部屋に辿り着いた。見張りはいるが、カシャーが壁に手を当ててまじないを起動すれば、すぐに足をよろめかせ、背中を壁に擦り付けながら座り込んでしまった。

 占い師の本流は星見であり、このような眠りのまじないは専門外。そのはずなのに、カシャーはいとも容易く使いこなす。

 それは本当は彼女が占い師でもなければ、滅族したはずの夢見でもなく、もっと別の部族に名を連ねているからだ。


 ともあれカシャーは倒れた兵士から鍵を奪い、それに呪いをかけて変形させることで本当に使える鍵にして、軟禁部屋の扉を開けた。

 中では剣を抱えて座り込んでいる男がいて、彼は俯けていた顔を上げると、力無く微笑んだ。


「随分久しぶりな気がする。変わりないようでよかった」

「それはわたしの言葉だと思いますけど。人のことを気にしている余裕が本当にあるんですか?」

「無論だ。この時のため休んでいたのだからね」

「はぁ。本当ならいいんですけど……。衰弱の呪いがかけられていますね。あいつらの仕業か」


 どうせ何を聞いても大丈夫だとしか言わないのは長い付き合いでわかっている。カシャーは無駄なやり取りは諦めて話を進めることにした。


「お告げの通りになりました。呪術師たちは、魔法使いが抑えています。わたしたちは今のうちに王子を助け出しましょう」

「……本当に現れたのか」

「はい。驚きですよね」


 自分がまだアカリを魔法使いかどうか疑っていることなど少しも感じさせずにカシャーは言う。


「魔法使いはよくそんな都合のいい話を飲んだね」

「そうですね。説得する必要もなかったのでわたしも驚きました。何なのでしょうね、あの人は」

「棘があるね」

「……何を考えてるのかわからないので、得体が知れないんです」

「そうか。まあ、僕にとっては君も大差ない気がするが……」

「余計なことは言わないでいいと思いますよ。それより、ここからはアドリブです。もう未来は外れました。わたしの占いは当てにならない」

「わかった。ともかく救出に行こう。船長室だね?」

「はい。魔法使いは王子を正気に帰す方法までは見つけられていません。捕まえて後で診断すればいいと言っていました」

「そうか、わかった。なら最短で行こう。甲板を駆け抜ける。いいかい?」


 衰弱している割に元気な提案をする。カシャーは内心呆れたが、彼がそう言う時は無理をしてでも成し遂げる。止めるのは無駄だ。


「一応呪い避けは用意してあります。効果があることを祈っていてください」

「信じるとも。王子に関することで君が不実だったことは一度もないからね」

「……余計なことは言わなくていいんですよ」


 ウェフダーは刺繍の入ったマントを着ると、部屋を出た。

 二人は来た道を戻って船を上がっていく。虚ろな船員はそれを咎めようとしない。魔法使いの仕業なのか、それとも彼らは命令されたことしかできなくなっているのか。カシャーは考えるのが怖くなって真相は棚上げにする。

 その間にウェフダーはその辺りの船員を一人拘束して武器を奪い簡単に武装する。ほとんど息を吸うように自分より大柄な男を締め上げてしまう様子は見ていても理解し難いものがあった。

 理解できないもの。気持ち悪いもの。不気味なもの。

 カシャーにとって目に映るほとんどのものはそれで、なんなら第三王子シャオクだってその一人だ。

 彼らに比べれば呪術師たちの方がまだわかりやすい。彼らはカシャーたちの事を庭に生えた雑草程度にしか見ていない。邪魔でなければ手をつけるのも面倒で、迷惑だと感じれば容赦なく引きちぎる。カシャーもウェフダーも虚ろな船員たちと同列の物で、未だ意識をもって行動できているのは、どうせ何もできないし、邪魔にはならないと思っているからだ。

 それならカシャーとしてもありがたい。無視してくれているなら動きやすい。脅威に思われていないならこちらの邪魔も大したものにならない。今更邪魔だと思っても魔法使いが立ち塞がる。カシャーとしては一番マシな展開を引いたと思っていたし、そう思えるのは彼ら呪術師たちのことはまだ分かり易かったからだ。


 だがそれ以外はよくわからない。魔法使いは言わずもがな。ウェフダーが何故シャオクに忠誠を誓っているのかはよく知らないし、彼に協力してシャオクを助けようとした人たちの気持ちや考えていることは本当に理解できない。

 虚ろな船員の中にその一人を見つけた時は、「今どんな気分ですか? 後悔してますか?」と聞きたくなったくらいだ。


「なんでこんなことになったんだろう」


 カシャーはポツリとこぼす。

 何より自分は何故こんな危険なことをしているのか。シャオクが危機に陥ったなら自分がここにいる理由もない。シャオクの元にいるのは彼が庇護者として振る舞っていたからで、今や潜在的な脅威でしかない以上、離れてしまうのが正解なのに。


「振り返るのは後でもできる。今は、目の前のことに集中するんだ」


 ウェフダーが何もわかっていないのに助言をする。だけど内容だけは正しかった。カシャーは頷いた。


 二人は甲板に上がる。

 魔法は終わる。話は途切れる。

 二人が見たのは、魔法使いの手から灰色の剣が飛んでいき、回転して甲板に突き刺さったところだった。

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