第10話 アルカースを探して
幻の都アルカースとはなんぞや。
ミスティア学院の研究生、コーレは答えた。
「アルカースとは、幻の都と伝わるオアシスです。王国初期の終わり、三百余年の統治の末退位した初代王が隠遁した土地として伝わっています」
砂漠の案内人ミシュアは答えた。
「伝説に伝わる王の都。アルカースには王の残した財宝があるとも、絶えず尽きることのないオアシスがあるとも、セルイーラの全ての動植物が集まっているとも言われます」
で、わたしは聞いた。
「それは実在するの?」
「今のところ遺跡も見つかってません」
「ある、とだけは言い伝えられていますが、たどり着いた、この目で見たという話は一度も聞いたことがありませんね」
「そうなのねぇ」
それを探すと言ったら、二人はどんな顔をするかしら?
ミスティア学院の者が使う屋敷の客間。そこにはわたしとアカリの他、コーレとミシュアも集まっている。
セルイーラの詳しい話をするのだから意見を聞きたいと思って、わたしが呼び出したのだ。その際にわたしから事情は簡単に説明した。
色々気になるだろうけど、いったんそういうものとして飲み込んで欲しい、と念押しする必要はあったが、二人は割とあっさりと話を飲み込んでくれた。魔法使いの事情だと念押ししたのが効いたようだ。それとも雇い主や名誉教授という肩書きに強く逆らえなかったのかも。どっちでもいいか。
話を戻そう。
「二人はこう言ってるけれど、アカリにはあてはあるの?」
「あてはないけど、初代王がどんな魔法でこの地を治めたか知るには、王が直接統治した場所を見ないと始まらないから」
「王都は? 遺跡があるという話だけど」
「そっちも見るだけ見ておきたいけど、あんまり意味はなさそう。王国後期の戦争で破壊された上にオアシスも枯れてるそうだよ。セルイーラ砂漠で生きるならオアシスは必須で、それ自体が王の魔法に関係してる可能性がある。枯れた以上、王都の遺跡にはもう王の魔法に関わる情報はない気がするんだ」
まだよそのオアシスを調べた方が価値がある。とはいえそんなことはバハルハムスにいる間に済ませていて、アカリには何も見つけられなかったそうだ。
「ところで、アカリの話だと王国中期のことを知りたいと言ってたと思うけど、アルカースは話によれば王国初期の終わりに作られたのよね? どう関係してくるの?」
「王国中期にはまだ行き来があった形跡がある、と先行研究にあったんだよ」
「ありますね。王国中期までは確かに王や部族の長老がアルカースに向かっているという記録があります。セルイーラの特性上、どこにあるかはわからないですが……」
「王都で部族の長が集まる時に、何人かがアルカースに向かう事があったっんだって。王家が成立した王国後期には行かなくなったようだけどね」
「王家が枯れていくオアシスへの対策を求めて初代王の眠るアルカースを探そうとしたことはあったようですよ。しかし見つけられなかったとあります。……案内人の部族の方ではこの辺りについて言及はありませんか?」
「わたしは存じませんね。ただ……」
「ただ?」
「わたしの部族では、アルカースは今もどこかに実在するものとして言い伝えられています。それを見つけ出すことは案内人の責務でもある、と」
「責務、ですか? それは初耳です。一体どういう……」
「そこまでは。部族外の者へ伝えるようなことではありませんから」
ミシュアは笑顔で追求を遮った。
コーレはびくりとして言葉を止めてしまった。
「で、アルカースを探すなら基本的に王国中期の情報がとっかかりになると見てる」
アカリは何も無かったかのように話を再開した。
「だから王国中期の文化を調べる、とかフワッとした目標じゃなくて、アルカースに到達するというのを目標に王国中期の情報を集めていこうと思ってるわけ。ミリアムの言う、これからすることのとっかかりは何か、という疑問への答えはこれでいい?」
「んー。百点満点で四十……三十点」
「厳しいなぁ」
「目標が具体的になったのはとてもいいことだと思うわ。でも先のことばかり考えて到達手順を考えなさすぎ。話してないだけで、あなたにしか出来ない方法を考えてるでしょう」
「そこはねえ……一応、アルカースを探す方法は相談するつもりだったんだよ? それであてがなくても、わたし一人なら闇雲に歩いていればたどり着けると思う。もしもたどり着けなければそこには魔法があることもわかる。それを考察すれば砂漠にかかった迷いの呪いの正体も見えてくるから、結果として初代王の魔法に近づけるなって考えてる」
「あなたなりの手段があるのはわかったわ。でもそれ、たどり着けなかった場合のパターンは、理解は進むけどアルカースに向かうとか、王国中期の詳細な調査とはずれた着地点になってるじゃない。目標と行動と結果がちぐはぐになってない? 最終的には全部つながるでしょうけど」
少し、整理してみよう。
アカリの目標は夢での依頼、悪夢に落ちる前にこの地を救うこと。
悪夢が何を意味するかを知ろうとしたところ、初代王の魔法に関連していると思われるとわかった。
もっとも重要な手掛かりになりそうなのは夢見の部族だが、それはすでに滅族している。
滅族したのは王国中期と後期の境目と思われる。
なら王国中期に夢見の部族の情報が集中しているはず。そこを明らかにしていきたい。
それと、アルカースという初代王の隠居先のオアシスがある。
族長達が城で顔を合わせた後に向かうこともあったし、初代王のいた場所ということでオアシスが涸れていく王国後期に調査しようとして見つけられなかったことがあった。
ここに初代王にまつわる詳しい情報か、そのとっかかりがあると見て調べたい。部族の長が向かう事もあったとあるから、夢見の部族の情報もあるかもしれない。
ついでに、アルカースとの行き来は王国中期までは成立しているので、アルカースを見つけられればなし崩しで王国中期の情報を得られる可能性がある。
アカリの話はこの二つの軸があって、細い線でつながっている。しかしそのせいで、話の筋が少しこんがらがっているのだ。
とはいえ整理してみると、確かに、アルカースに到達できればいろいろな事がわかる。
「アルカースを探す、というのはわかったわ。でも到達手段は、今はないのよね?」
「ありませんね」
ミシュアははっきりと言った。
だがそれだけではなかった。
「しかしアルカースを探したいということであれば、案内人の部族の長老から話が聞けるかもしれません。わたしの部族はアルカース調査に関心がある方ですし、ミリアムが出資し、魔法使いが尋ねる、というのであれば……長老は食いつくでしょう」
「まずはそこかな。話を通してもらえるかな?」
「わかりました。少しお待たせしますが、許可を取って来ましょう。……コーレさんはどうしますか?」
「え。わ、わたしですか?」
「ミスティアの魔術師であれば興味があると思いましたが」
「うっ」
図星らしい。
コーレはしばらく迷ったようだったが、やがて絞り出すように、「一応聞いてもらえると、助かります」と答えた。
「ただ、このままだとわたしがこの場所をあけられないので、こちらもウェス教授に問い合わせないといけません」
「では三日後にまた落ち合いましょう」
「三日後……わ、わかりました」
二人の方も話はついたようだ。
かくしてミシュアは一度部族のオアシスに戻り、コーレは教授に許可をとりにいくことになり、わたしとアカリは資料を読みながら暇を潰す……はずだった。
バハルハムスから届いた手紙が、その予定を打ち崩した。
「あら、アカリ。大変だわ」
「君の口から大変なんて言葉聞きたくないなぁ。何事だい?」
「バハルハムスとシュオラーフの間で戦争が起きそうになってるみたい」
「はいぃ?」
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