第68話:ディナー作戦
『部室に来たら、冷水のしている事は完全に無視すること』
文芸部のグループチャットに、神代君からそんなメッセージが届いた。
どういうことだろう。
疑問を胸に抱えながら、わたしは部室の扉を開ける。
すると……サユちゃんがペンダントを手に持って何かをしている。
いつもの穏やかな表情はなく、眉間にしわが寄っていた。
かなり真剣な顔だ。
ペンダントの先についた水晶が、ゆらゆらと揺れている。
ああ、これはダウンジングだ。
科学的な根拠はないけど、何か隠された物を探す方法……オカルトだ。
部室の奥で、神代君がこちらを見て頷いている。
何を探しているのかはわからないけど、これを無視すればいいのね?
了解の意味で、小さくウィンクをした。
……ん?
なんだか臭うな。
匂いの元を辿ると、そこには九蟠ちゃんがいた。
「九蟠ちゃん、何してるの?」
彼女は長机の上で古いワープロをバラしていた。
取り外した基板に半田ごてを当てて、何かを取り外している。
「見ての通り、この子を修理しています」
九蟠ちゃんはそう言うと、基盤に小さな部品を乗せて半田ごてを当てた。
ジュッ、という音と共に、独特の匂いが立ち上る。
匂いの正体はこれか。
「半田ごてなんて持ってるの?」
「今どきの女子高生はみんな常備しています」
「「「ないない」」」
わたしだけでなく、神代君に藤井さんがそう言って手をひらひらさせて否定する。
サユちゃんだけは真剣な顔のまま、部室の中をゆっくり歩いている。
ホワイトボードを確認する。
今城君は他の部との交渉中。六島さんはバイト。
そう書かれてあった。
そんなことをしている間に、九蟠ちゃんの作業は完了したようだ。
よくこんな面倒くさい状況の中で集中できるなぁ。
「電源部分のコンデンサーが破裂して、内容液が漏れていました。取り外して同等品に交換しました」
ごめん、何を言っているのかさっぱりわからないんだけど。
「簡単に言うと、これで治ります」
よし、わかった。
それだけ言ってくれればいいのよ?
「八巻先輩、電源ONをお願いします」
「え、わたしがやっていいの?」
「動かなかったら、先輩の人徳が障害を引き起こしたということにします」
「なにそれひどくない……まぁ、押すけど」
ポチッとな。
全員が、画面に注目する。
ぼうっと、液晶画面に光が灯った。
「おおー、これはすごいな」
「でしゅ」
感心の声が上がる。
だが、画面には無情にも『システムディスクを入れてください』という文字しか表示されない。
「内部の情報が消えているみたいで、ディスクを入れないと使えません」
「それ、どこかにあるの?」
「同じ型ではないんですが、あると思うので今度持ってきます」
九蟠ちゃんの家には何でもあるなぁ。
「あるものしか、ありません」
それはそうだけど……
その時、サユちゃんが動きを止めた。
部室の片隅にあるコンセントを指さして、親指を立てる。
『あるものがそこにある』という意味らしい。
ガチャ
部室の扉が開いた。
「ただいまッス。見つけてきましたよ!」
今城君が部室へ入って来た。
その手には、B5の『紙束』が握られている。
「いやー、運動部を回ってかき集めたッスよ。あいつらぜんぜん使わないから、結構持っていたッス」
それでも数えてみると、千枚に届かなかった。
しかも保管状態が悪く、かなりの枚数が変色したり変形している。
「うーん……お手柄だと思うけど、これはあまり使えないかな」
「そ、そんな……」
orzのポーズで落ち込む今城君。
神代君が彼に近づき、肩を叩いた。
「今城、よくやった。努力賞で何かおごってやるから、ちょっと購買に行こうか」
「ウッス、俺はヨーグルッペがいいッス」
肩を組んで、二人は部室を出て行く。
ブーッ、ブーッ…
部室内の全員が持つスマホに、メッセージが届く。
『何も言わず、屋上に集合』
神代君がメッセージの主だった。
わざわざ、どうして?
◇◇◇
屋上に出ると、五月晴れの空が出迎えてくれた。
午後四時の日差しがまだ強いけど、風が心地良い。
屋上のベンチを占拠するわたし達。
神代君が口を開く。
「サユさん、結果を教えてほしい」
「はい、コンセントの中に悪い『気』の塊があります。部長が探していたある物は、恐らくそこにあるかと」
「何があるの?」
「開けてみないと確定はできませんが……盗聴器ですわ」
七日市先生がなぜか先回りして対策を打ってくる。以前からずっと気になっていた。
やっぱり、聞かれていたのか。
「ボクが開けて確認しようか」
九蟠ちゃんが申し出る。
「うん。気付かれないようお願いする」
「壊す?」
「いや、さっき今城が偽情報を出したように今後利用出来るかもしれない。今は感度を落とすくらいにして、いつでも壊せるようにしてもらえると助かる」
「わかった。ボク、やってみるよ」
わたしは首を傾げた。
「今城君、もしかしてさっきの紙はフェイクっていうこと?」
「そういう事ッス。あれは、わざと質の悪い紙を選んで持ってきたッス。運動部も嘘ッス」
「役者ね~」
「へへへ、褒めてもヨーグルッペは出てきませんよ」
わたしは蒜山高原カフェオレしか飲まん。
「あ、折角ですし、紙を貰った本当の人達をゲストで呼んでいいッスか?」
ゲスト? どういうこと?
「ちょっと待ってくださいッス」
今城君はそう言うと、スマホを取り出しメッセージを送る。
「『ディナー作戦を屋上で準備、すぐ来られたし』、送信っと……お、もう返事が来たッス。すぐ来るらしいので少しお待ち下さいッス」
「そのディナーなんとかは、合言葉なの?」
「へへへっ。間違えて見られても問題なし。頭いいッスよね? この間読んだスパイ小説の小ネタなんスけど」
表向きは食事の誘い。だけど中身は……それはすぐにわかるか。
でもさ、暗号にしてはわかり易すぎない?
次回予告:『チカとカナメの持参金』
新聞部は消滅しようとしていた。
それまで問題なかった発行物が、ある日不適切と判断されて。
ならばと新聞部部長はオールベットの賭けに出た。
神代はあえてそのコインを拾うか。
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