部誌第15号:「七日市先生の逆襲」
第60話:架空に残された少年と追憶する少女
僕、神代一希は藤井美佐さんのポテンシャルに驚かされていた。
彼女が過去の部誌を読みたいと言うので、過去10年分を山積みにして置いたのだが、それこそ翔ぶが如くものすごいペースで読みくだしていくのだ。
あっという間に山がなくなっていく。
だが、およそ6年前の部誌でピタリと止まった。
収録された作品のうち一つが気にかかったようだ。
その作品には、こう書いてある──
────────────────────
……
旧校舎一階の化学実験室と、その隣にあった準備室。
そこが私達の隠れ家だった。学校で唯一人の安全地帯。
だけど、遂に見つかってしまった。
「くそ、外から鍵がかけられている」
いつも私を虐めていた奴らだ。その声もやがて遠くなる。
「こうなったら、窓を破って出るしかない。
彼は窓に近づく。
だけど、私は……
「出たく……ない」
「えっ?」
「ここから出たくないよ」
「何を言ってるんだ。さっきの奴ら先生にチクるつもりだ。怒られたくなければ……」
この
もう、それはイヤ。
この世界は弱肉強食で、人はみんな猛獣だ。
虎や豹、羆に獅子。見つかれば、私みたいなウサギはひとたまりもない。
皮を剥がれて黒ウサギになるだろう。アザだらけの私のように。
「外に、私の居場所なんてないわ。猛獣の中に混じって逃げ続けるのは疲れたよ」
「何を言っているのかわからないけど、人は人の間でしか生きられないんだぞ」
どこかのTV番組から持ってきたようなセリフはもう聞き飽きていた。
私はそれを無視して、紙を黒板に貼り付けた。
それは、文芸部室の開かずの間に封印されていた本からコピーした物だ。
「それはこの間見つけた『別の世界へ行く』魔法陣が書かれた……」
アナコンダ、ハナカンダ、ハラヘッタ
貼られた紙が低い声を出す。
まるで呪文の詠唱のようだ。
ハラダシタ、ヒルネシタ、ハラクダシタ!
声は大きくなり、最後は絶叫だった。
瞬間、紙が光る。化学準備室が真っ暗になった。
「なっ、一体何をした?」
矢原がそう言っている間に、ぽぅ、と窓際に光が灯る。
光っているのは、まるで人のような形をした『木』だった。
頭の辺りにキノコが生えていて、そこが光っているのだ。
「こんな木、あったかしら」
私は木に近づき、観察する。
矢原は外を見てこう言った。
「おかしい。さっきまで外は明るかったのに、今は何も見えない」
ミシッ、ミシッ
木が音を立てて、突然動き出した。
あわてて私達は扉の側へ逃げる。
「アア……ナンテヒサシブリナノダロウ」
喋りだした!
心底びっくりした私達は、思わず手を繋ぎ身を寄せ合う。
「観測者ノ予言通リ来ルトハ……十年ブリノ客人ヨ、歓迎スル」
ああ、封印されていた本の通りだ。
これで、私は自由になれる。
私はその『木』に話しかけた。
「私達をここではないどこかへ連れて行ってくれるの?」
「キミタチガノゾムナラ」
心の奥が、喜びでざわつく。
「おい、紫苑。何を言って──」
「ねえ矢原、君は私に言ったよね。どこまでも君と一緒にいるって」
「ああ」
「私が行くと言ったら、君はついてきてくれるの?」
少し考えて、彼は答えた。
「仕方ないな」
201×年○月□日、二人は「ここ」から消えた。
警察の捜査にもかかわらず、行方はわからなかった。
私は絶対に許さない。
青すぎたその時の私を。
永遠に残った優しすぎる彼を。
……
────────────────────
「あ、あの師匠、じゃなくて部長。この部誌に載っている作品、『架空に残された少年と追憶する少女』なんでしゅけど……」
藤井さんが部誌から顔を上げた。
「この部誌が出る少し前に、ゆ、行方不明者が出ていましたよね? しかも東高の一年生で男女。色々一致するんでしゅけど。いなくなった場所とか」
メガネの奥の瞳が、キラキラと輝いている。
「実はこの小説、当人か近い人が本当にあったことを参考に書いたんじゃないんでしゅか」
「君も気付いたんだ。実は以前から調べているんだけど、ほとんど記録がないか消されていてね……」
ちなみに今では旧校舎は立入禁止で、化学準備室だった場所には『何も無い』。
「そ、そうなんでしゅか。次の部誌用に何か書けないかと思ったんでしゅが」
藤井さんは新作のネタにと考えたようだが、僕が既に手を付けていて残念そうだ。
それにしても、僕は1カ月くらいかかってそこまで辿り着いたのに、一読しただけでそこまで考えてきた。
これは、ちょっと焦るな。
暑くもないのに、僕は汗を拭う。
「この小説がまともに読めるのは異世界へ移動するまでで、その後は抽象的ではっきりしていない。最終的には異世界に『矢原』が残り『紫苑』が帰って来るという流れだけど」
「それはわかりましゅ」
「現実的には『匿名で動く“流動型”犯罪グループ』、いわゆるトクリュウにそそのかされて二人は海外に──」
「連れ出されて、少女だけが帰ってこれた。そう考えているのでしゅね」
「うん。そうだよ」
「さ、作者に連絡して、真相を聞けないのでしょうか」
「実は二月にそれらしい人に会えたんだ! で、実際に聞いてみたんだが」
「どどど、どうだったんでしゅか?」
瞳の奥だけでなく、背景までキラキラさせてこっちを見る藤井さん。
「思いっきり、ごまかされた」
「はにゃ」
ずっこけた。
「だけど一読してぱっと考えるなんて。流石パーフェクト文芸少女」
「そ、そんな……師匠に言われると照れましゅ」
最近、僕は藤井さんの師匠ポジションになっている。
彼女の書く歴史物は面白いし、着眼点も素晴らしい。
ただ、誤字脱字が多いのが玉に瑕だけど。
「藤井さんのこと、また褒めるのね」
そう言われて八巻さんの声で横を見ると、彼女はじとーっとした目で僕を見ていた。眉をひそめ、まるで恨みがあるかのような表情だ。
「どうした?」
「ううん、なんでもないしー」
八巻さんはそう返して、ぷいっと横を向いてしまう。
かなり不満そうだ。
奥の方では、六島さんがノートをこちらに見せているが、書いてあるのはシャープのようなマークだけ。
よく漫画で怒った表情に書かれるアレだ。彼女は明らかに怒っている。
理由はわからないけど。
何か気に障ることでも言ったっけ?
「あのー、部長」
今度は今城か。
「部長の書いた短い小説読んだッス。面白かったんスけど、どうすればネタが思いつくんスか?」
今城が読んでいた部誌は去年の6月号。
その時、僕はどうしても新作を書けなかった。
当時の部長であった透子先輩と八巻さんは、僕が中学時代に書いた掌編小説から適当にチョイスして部誌に載せた。
僕が書けなかったせいとは言え、まだ恨んでるからな。
ま、ともかく今城はそれを読んだようだ。
「うーん、そうだなぁ……こう、バーンと全体が降って来るんだよ。バーンって」
「バーン?」
「それをザザッと組み立ててバリバリっと書くんだけど」
「なるほどー、バーンでザザッでバリバリっスね」
今城は僕の説明を真剣に聞いて、メモを取っている。
それを聞いていた八巻さんが、怪訝そうな顔をする。
その表情は『こいつのやり方はお手本にならないでしょ』って言っているような。
「そうよ。まあ、いつもそんなもんだけど」
何も聞いてないのに、即答された!?
「君の考えてることなんて、だいたいわかるわ」
それから今城の方を向いて、アドバイスする。
「どうせならそこの感覚バカより六島さんに聞いた方が理論的に説明してくれるよ」
〈いつでもどうぞ〉
ふんす、と鼻息を出す六島さん。
何故かやる気があるようだ。
「僕は馬でも鹿でもなくてダンゴムシだ。石から這い出してきた」
「石から出たら干からびるんじゃないの?」
今日の彼女はだいぶトゲがあるな。
「はいここで一年は俺の所へ集合してくださいっス」
今城の呼びかけで一年ズが部室の隅に集まって、ヒソヒソと話し始める。
「どう思うッス?」
「うらやましいほどにみなさん仲がよろしいようで」
「ば、ば、爆発しゅればいい」
「一夫多妻夫婦喧嘩」
いや、そんなんじゃないって。
僕と八巻さんは『相棒』なだけだから。
六島さんとは……いや、よそう。
その時、ピンポンパンポーンと校内放送が流れた。
『予定していた合同会合を始めます。各委員会とクラブの代表者は大講堂へ──』
「やばい、会合のことをすっかり忘れてた!」
僕は部室から慌てて飛び出した。
その先に何が待ち受けているのかも知らず……。
次回予告:『七日市先生の逆襲』
生徒会と部長会の合同会合に参加した神代。そこでとある同好会の部長に出会う。
そして、会合では文芸部にとって死活問題が言い渡される。
紙が……足りない。
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