第55話:この子こそ、ボクの運命の人


「運命の……出会い。これだったのね」


 はいぃ!?

 いやウサギだぞ、その子?

 全く……このボーイッシュな一年生は、何を言ってるのだろう。



 呆気にとられながらも、

「あ、ありがとう! 助かったわ」

 なんて言いながらその子に駆け寄ったわたし。


「ボクはどちらかというと生物より機械の方が好き」

 シロタビに語りかけるボーイッシュちゃん。


「あ、あのぉ……」


「でも、運命なら努力してみる」

 わたしの方を見ずに、シロタビの顔をムニムニしてる。


「君がそこまで言うなら、お友達から始めましょう」

 ボーイッシュちゃんは、シロタビと会話してる?


 というか、

「なんかわたし、無視されてるんだけど!?」

 やりにくい子ね……


「ごめんなんだけど、そのウサギ返してもらえる?」


「……聞こえています」

 ボーイッシュちゃんは、わたしを見ずに答えた。


「シロタビさん、こっちへ来てくれる?」

 わたしはウサギへ手を伸ばすが……


 シロタビは、逆にボーイッシュ少女にベタッとひっついた。

「あれ……君、そっちの方がいいの?」


「ウサギは人の言葉を理解しないと思います」


 わかってるわよ。

 その割にさっき思いっきり一人で会話してたじゃないの。



 ◇◇◇



「ごめんね、一緒に来てもらって」

「いえ……」


 結局シロタビはどうしてもボーイッシュちゃんから離れてくれないので彼女に運んでもらうことにした。


「えーと、文芸部の部室までお願いするわね」

「……」


「3階に降りたらすぐの角を曲がって、それから──」

「……」


 なんだろう、少女が無口なせいでとっても気まずい。


「運命の人って言ってたけど、どうしてそうなの? よかったら教えてよ」


 ちらりとわたしの方を見た。


「占いです」

「へーそうなんだ。雑誌? TV?」


「購買で700円以上買うと『今日の運勢くじ』をもらえるのです。そこに『今日高いところで運命に出会う』と書いてありました」


 少女は制服のポケットから名刺くらいの大きさの紙を取り出した。

 そこには、手書きで『運命の人は屋上にいる』と書いてあった。


 冷水衛れいすいまもるさん、また変なことを始めたな。

 ていうか、わたしも今日お昼に700円買ったのに何ももらえなかったんだけど?


「着いたわよ。ここが文芸部室」

「……」


 相変わらずボーイッシュちゃんは無口でぶっきらぼう。

 ともかく、彼女を先導して部室へ入った。


「あっ!」


 それまで大人しく少女に抱きかかえられていたシロタビは、急にぴょんとジャンプして着地すると、床置きされていたバスケットに飛んで入った。


 どうしてさっき部室から突然飛び出したんだろう。

「……まぁ手間がかからないからいいけど」


 ありがとね、もういいわよ。と言おうとしてボーイッシュちゃんの方を向くと……


「運命……これだったのね……」

 目をキラキラとさせて見つめていた。


 何をって?

 その視線の先には"輪転機のリンちゃん"が鎮座していた。


 ゆっくりとリンちゃんに近づく。

 そしていきなりしゃがむと……白いボディにすりすりと頬ずりを始めた。


「1990年代のリソグラフが残っているなんて……なんて愛おしい」

 何、この子?


「あの……この子、まだ稼働しますか?」

 わたしを見上げる目が少女マンガみたいになっている。


「ええ、そうよ」

「よければ……動かして……いただけますか?」



 ゴウンゴウンゴウン、

 ガシュ、シューッ、ガタン!


 1分ほどウォームアップして、透子先輩がセットしていた編集後記が印刷された。

 ボーイッシュ少女はその間無言でじっと見ていた。


 印刷された紙を手に取り、少しの間じっと眺めた後、指ですっとなぞる。

 そして何を思ったのか、耳をリンちゃんにぴたっと付けると


「……もう一回お願いします」

「? え、ええ」


 ガシュ、シューッ、ガタン!


 印刷の間、少女はずっと耳を付けたまま目をつぶっていた。

 何か変わった音が聞こえるのだろうか?

 わたしにはその辺りの知識がないから全くわからない。


「──この音、放っておけない」

 そう言うと、彼女は立ち上がった。


「ここに入部します」


 えっ。


「この子、時々調子が悪くなりますよね? 重い持病があります」

 なんですとっ!?


「ボクなら治せます。いえ、この子こそ、ボクの運命の人。治してみせます」

「確かに調子が悪くなる時はあったわ。でも、ちゃんと扱ってるし。今はちゃんと動いているんだけど」


「大切に整備されていることは見ればわかります。ですが、印刷時にかすかな異音がします。この音、友達の調子が悪くなる時の音にそっくりなんです。ボクの家は町工場で、工場にある機械が小さい頃から友達で……」


 必死の訴えを聞きながら思った。

 この子、ただの機械オタクじゃない。


 音だけで色々わかるなんて、才能の塊じゃない。

 この子は癖が強そうだけど、絶対捕まえておかないと。


「そんな必死に訴えなくてもわかったわよ。うち文芸部は来るもの拒まずがモットーだから当然入部OKよ!」


 ちょっと硬い顔をしていた彼女は、急に笑顔に変わった。


「お付き合いを認めていただき、ありがとうございます」

 いや、そうじゃないってば。


「そういえば自己紹介がまだだったわね。わたしはここの副部長兼超有能──」

「──貧乳編集長八巻世知恵やまきよちえ、クラブ説明会後噂で持ち切りなので知ってます」


 そうかぁ、噂になってたかぁ。

 まぁ、説明会であれだけやらかせば噂も立つでしょう。


 ……でも貧乳編集長って何よ!

 二年になって、バストサイズがAAからAになったのに!


 絶対神代君のせいだ。後でハリセンチョップしておこう。


「ボクの名前は九蟠華音くばんかのんです」

「じゃあ、呼び方はカノンちゃんね」


「……馴れ馴れしくされるのはイヤです」

 カノンちゃんとわたしとの距離は、まだまだかなり遠いようだ。


「……せめてにしてください……」

 いや、意外とちょろいのかもしれない?


「と、ともかく……ようこそ、文芸部へ」


 それにしても、神代君はちゃんとクロタビを捕まえる事が出来たのだろうか。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ハァ……ハァ……

 僕は必死でウサギを追いかけていたが、息切れしていた。


「もう……限界だ……」

 もうちょっと体を鍛えておけばよかった。


 僕の視界から、黒いウサギが遠ざかり……

 あれ、戻ったきたぞ。


 神は我を見捨てなかった。

 足を緩めたその時。


 曲がり角から、3段重ねの段ボール箱がこちらへ向かって歩いてきた。

 段ボールに脚が生えてる? いや、背の低い子が運んでいるんだろう。


 ……こっちが見えてない!


「止まってくれ!」

 僕の叫びは虚しく空に響き……


 ドカッ

 ぐにゅう

 バラバラ……


「ふにゃあっ!」

「ぐぇっ!」


 僕は段ボールの激突を受けて、その場で尻もちを付いた。


 はずみで段ボールの内容物がそこらじゅうに散乱する。

 緩衝材と思われる乾いた草、そして何枚もの紙……原稿用紙?


 いっててて……。


 気がつくと、女の子が僕のお腹に顔を埋める格好でこけていた。


 最近僕の上に女の子が乗っかるのが流行っているのか?

 八巻さんがこけるとだいたい僕が下敷きだし……僕はクッションじゃないんだぞ。


「とりあえず君、大丈夫か?」

「ぁぅぅぅぅ……」


 その子はゆっくりと顔を上げた。





次回予告:『ユーアーパーフェクトブンゲイガール』

神代が出会ったその子は、まさに文芸部へ入るため東高へ入ったようなもので……


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