偉人転生~異世界転生とは何か?~
らいつべの狂犬
第1話
◆「俺TUEEE」や「チートスキル」はテンプレではなく、スタートキーである
「俺TUEEE」や「チートスキル」に代表される“主人公補正”は、単なるテンプレやご都合主義ではなく、物語が成立するために組み込まれた“構造的補助輪”だ。
異世界とは、現実よりも過酷なサバイバル空間であり、そこを最初から歩くには、何らかのブーストが必要になる。
“主人公補正”とは、想像力のサポートツールであり、異世界の物語を回すための潤滑油である。
そして、こうした構造的装置の存在は、裏を返せばこう言える。
**異世界で生き残るためには、その世界の“平均以上の能力”が要求される**ということだ。
物語の中で主人公が特別であるのは、読者を満足させるためではなく、生き延びるために必要な前提条件なのである。
文・構成:山田ソウタ(ライター/文化誌「リレキ」編集部)
撮影:斉藤明里
* * * * * * * * * *
第1話 転生と異世界
意識が、唐突に“立ち上がった”。
目を開けたわけでもないのに、まるで夢の中から浮かび上がるように、気がつくと自分は立っていた。
重心がずれ、ふらつく足元を慌てて踏み直す。視界には、やけに高い天井と、荘厳で無機質な石の柱が並ぶ空間が広がっていた。神殿のようでもあり、教会のようでもあり、それでいて、どこか舞台装置めいた“作られた神聖”を感じる。
あ。
異世界転生だ、と直感した。
──その感覚に、妙なリアリティがあった。これは夢ではない。
感覚も匂いも、空気の重みも、あまりに“本物”すぎた。
「Where are you from?」
後ろから英語が飛んできた。
振り返ると、一人の中年男性がテーブルを挟んでこちらを見ていた。歳は五十代半ば、額は広く、髪は頭頂部まで後退している。知的な眼差しと軽やかな口元。ヨーロッパ系の外国人に見える。
「Where are you from?」
「你是哪国人?」
「तुम कहाँ से हो?」
「¿De dónde eres?」
英語に始まり、中国語、ヒンディー語、スペイン語と流れるように言語が切り替わっていく。
「えっと……ジャパン。ジャパニーズです」
「わかりました。あまり得意ではないですが、日本語で失礼します。こちらへどうぞ、座ってください」
中年の男はそう言って、空いている椅子を示した。
その口調はまるで音声教材のように流暢で。だが妙に、教科書っぽい印象を受けた。
恐る恐る椅子に腰を下ろす。
「日本語、お上手ですね」
「オナニーを覚える前に八ヶ国語をマスターしました」
にこやかに返されて、言葉を失う。
冗談なのか、事実なのか。だが、その軽口には確かな知性と、底知れぬユーモアがあった。
この人、ただ者じゃない──そう思わせるには十分すぎるインパクトだった。
「私はユーノ・ヴェクター。転生ギルドと言語学ギルドのマスターを兼任しています」
ヨーロッパ風の中年男性は柔和な笑顔で丁寧に挨拶した。
俺は返事をしようとして……口をつぐんだ。
名前が、思い出せない。
生年月日も、出身地も、どんな人生を歩んできたかも。
──けれど、断片的な“知識”だけは頭の中に確かに残っていた。
今日の日付は……2025年7月7日。
大谷翔平がまたホームランを打って、トランプがニュースを騒がせていた。
テレビで見たニュースの映像も、ネット記事のヘッドラインも鮮明に浮かぶ。
それなのに、自分の“人生”の記憶だけが、きれいにごっそりと抜け落ちている。
「偽名でもいいですよ」
ユーノさんが優しく言う。その口元には、年齢にそぐわぬ茶目っ気がにじんでいた。
「あ……御影ハルトです」
その名がすんなりと口から出た。
自分の名前を思い出したような感覚でさえあった。
「初めまして、御影ハルトさん。では、あなたの経歴を教えてください」
──分からない。なんだか、就職面接みたいだな。
「功績は?」
──分からない。でも、たぶん、ない。
「ご職業は?」
──分からない。けど、働いたことは……ある、気がする。
「得意分野は?」
──分からない。履歴書どころか記憶が真っ白じゃ、面接どころの話じゃない。
ユーノさんは少し眉を下げて、後退した頭頂部をポリポリと掻いた。
困らせてしまったようで、少し申し訳なくなる。
「では、覚えている一番新しい日付を教えてください」
「2025年7月7日」
ユーノさんの手が止まる。
「ふむ、前回から12年か……間隔が狭まってるな……」
なんの話だろう、と顔に出たのか、ユーノさんは補足するように口を開いた。
「説明しますね。ここは“第二世界”――転生者たちが集う世界です。
この場所に、毎年1月1日、前の世界で亡くなった“偉人”たちが順に転生してきます。
だいたい、亡くなった順番に。亡くなったときの年齢と姿で」
「偉人……?」
「はい。前の世界で何らかの貢献や才能を発揮した人たち。歴史に名を刻んだような人物もいますし、記録に残っていなくても、とても優れた技能を持っていた方も。だから、あなたも何かの才能を持っているはずですよ」
思い当たる節は何もなかった。
俺はただ、どこかに取り残されたような気持ちで黙っていた。
「現在の公用語はエスペラント語ですが、言語の習得には多少時間がかかります。
なので転生ギルドでは、転生者向けの“初期教育プログラム”を用意しています。
御影さんには、まず語学と一般教養の授業を受けて貰います。
授業は明日の朝九時から、通いで週五日。場所は言語学ギルドです」
俺が何も言わずに頷くと、ユーノさんは淡々と続きを告げた。
「住居は、ギルドが手配した宿を割り当てます。同じ宿に、あなたと似た状況の女性が一人。
彼女も日本語しか話せない状態で保護されました。保護されたのは、ちょうどひと月前。いわゆる“野良転生者”ですね」
その後は、地味な事務手続きが続いた。
──経歴書の作成。
──住民登録用の署名は、この世界の文字で。
──買い物の仕方を教えて貰い、
──健康診断で身体じゅうを触られた──。
現実離れした異世界転生なんて言葉が、だんだんと書類と検査と教本の山に埋もれていく。
けれど、転生を“実感”した瞬間は、唐突に訪れた。
転生ギルドの重厚な扉を抜けたその瞬間だった。
石造りの建物、真っ直ぐに延びる石畳の大通り。
水音を響かせる噴水広場。遠くに見える、夕陽に照らされた城壁。
まるで、中世ヨーロッパのゲームの中に放り込まれたような──否、それ以上のリアルな街並みが広がっていた。
胸の奥が、ふわりと浮く。
夢か現かもわからないまま、俺はただ立ち尽くしていた。
「どうしました? 行きましょう」
ユーノさんに肩を軽く叩かれ、我に返る。
連れられて辿り着いたのは、大通り沿いの宿屋だった。木造のあたたかな雰囲気のある建物で、入口の前には花壇が整えられ、柔らかな光を灯すランプが揺れていた。
二階の部屋に案内されたところで、糸が切れたように体が重くなる。
ベッドの端に腰を下ろしたときにはもう、目を開けているのが辛かった。
──そういえば、パン……買ってくれたんだったな。
思い出しはしたけれど、袋を開ける気力もない。
何も口にせぬまま、俺はそのままベッドに倒れ込んだ。
……それにしても、なんで俺だけ記憶がないんだろう。
他の転生者は、自分の名前や職業くらいは覚えているらしいのに。
そもそも、俺は本当に“偉人”なのか?
疑問は山ほどあるけど、今はもう考えられない。
目を閉じれば、すぐに眠気が追いついてくる。
──とりあえず明日だ。
同じ宿の“彼女”って人に、会ってみよう。
俺の意識は枕の感触に吸い込まれ、泥のような眠りに落ちていった──。
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