第35話 魔法陣を描こう

 ティルは魔法陣を描きながら、解説してくれる。


「まず基本的な理論としては、魔力と瘴気は鏡像異性体に似た関係にあって――」

「兄弟子、つまり魔力と瘴気は本質的には――」


 ティルと母様が、すごく真剣に話しをしている。

 困った。全然わからない。


「むずかしいなぁ? ティルは頭がいいのな?」

「難しいよ。でも、ノエルならそのうちわかるよ」

「そっかな? ……そうかも?」


 全然わかるようになる気がしなかったけど、ティルがそういうならそうかもしれない。

 なにせ、僕は五歳なのだから、そのうちわかるようになるに違いなかった。


「そうだよ、俺はそう思うな」


 ティルは説明しながら、母様の質問にも答えながら、どんどん魔法陣を描いていく。

 地面に描くのではなく、地面の少しだけ上に魔力で直接描いている。


 話しながらやっているのに、ティルの魔力の操作が細かくて丁寧だ。


「私には兄弟子ほどの魔力操作の腕前がないので、今はまだ同じ魔法陣を描くのは難しいと思います」

「まあ、人には得手不得手があるからね」


 凄腕の魔導具師である母様でも難しいらしい。


「はい。ですが…………魔法陣を転写する魔導具を作ることはできるかもしれません」

「ほう? それができたら、すごく便利になるな」

「難しいですが考えてみます」


 母様はやる気だ。魔導具を作るのが大好きなのだろう。


 僕はティルの作業を観察し続けて、何となく描けるような気がしてきた。

 もちろん、鏡像なんとかとかいう仕組みはわからない。


 でも、見よう見まねでコピーすることぐらいならできる気がした。


「むふう? てぃる、ちょっとためしていい?」

「いいよ。何がしたいの?」

「まほうじんかく」


 まだ早いと断られるかと思ったのだけど、

「おお、見ているからやってみなさい。失敗しても良いよ。最初からうまくいくわけがないからね」

 ティルはそう言ってくれた。


「ん、ありがと」

「魔力を通しやすい素材で描くと良いよ。その方が簡単だから……」


 ティルはそう言ってくれるけど、魔力を通しやすい素材を使って描く方法は見たことがない。


「ん、だいじょうぶ。てぃるみたいに、魔力でかくからな?」

「そっか。見てるからやってみて」


 僕はティルに見守られながら、魔法陣を描いていく。

 ティルが描いた魔法陣を、頭の中で正確に模写してそれを地面に写すのだ。


「……こうで、こうで、こうだから~」


 ゆっくりと慎重に、間違わないように描いていく。


「あ、兄弟子? え? 私の見間違いとかじゃないですよね?」

「……見間違いじゃないと思うよ」


 母様とティルが何かに驚いているが、それどころではない。

 僕は描き写すのに必死だ。


 少しでも油断したら魔力の線が太くなったり細くなったりしてしまう。

 それに角度がおかしくなったり、線が歪んだりもしてしまう。


「むふ~。できた。てぃる、どう?」


 かなり時間がかかったけど、結構正確に描けたと思う。


「…………じゃあ、ここから魔力をゆっくりと流してみると良いよ」

「うん!」

「聖樹を育てるときの十分の一ぐらいの量を十分の一ぐらいの早さでね」

「わかった」


 ティルに言われたとおり、少しの魔力をじんわりと魔法陣に流していく。

 すると、じんわりと魔法陣が光り始めた。成功だ!


「おお? うまくいったな?」


 そう僕が言った次の瞬間、

 ――ボン

 という小さな音と共に魔法陣を構成していた魔力がけしとんだ。


「あぶない!」


 慌てた父様に抱きかかえられる。


「ティル! 危ないじゃないか!」


 父様が抗議するが、ティルは落ち着いたままだ。


「危なくないよ。ちゃんと確認して音が鳴る程度だとわかったからやらせたんだから」

「そ、そうなのか? そうか。大きな声を出してすまない」

「いや、気にするな。我が子が心配な気持ちはわかるからさ」


 父様は魔導師じゃないので、魔法陣について詳しくないのだ。

 心配になっても仕方がない。


「ノエル怪我はないか?」

「ない! でも、しっぱいしちゃったな?」

「初めてなんだから失敗しても当たり前だよ、頑張ったね」


 失敗した僕を父様が慰めて頭を撫でてくれた。


「ノエル。正直驚かされた。ここまでできるとは思わなかったよ」


 ティルも慰めてくれる。


「そっかな? てぃるはそう思うのな?」

「ああ、まず魔力で線を引く技術が極めて高い。本当に初めてか?」

「はじめて」

「そっか、才能かもな。それに見ただけで魔法陣の構成を理解するなど普通はできないからな」

「そだったか」


 慰めてくれているだけだと思ったのだが、どうやらティルは褒めてくれているらしい。

 少し照れてしまう。


「シルヴァに教わったりしたのか?」

「してないな? ママからは猫魔法をおそわったけど」


 するとティルは父様に言う。


「……ノエルは天才かもしれん」

「そうだろう。ノエルは天才なんだ」

「て、てれる」


 ティルと父様に天才だと褒められたら、とても照れてしまう。


「カトリーヌも驚いただろう?」

「ええ、兄弟子の言うとおりです。母もノエルがこれほどやれると思いませんでした。立派ね」


 母様も僕を褒めながら、頭を撫でてくれた。

 失敗したけど、みんなにほめてもらえて嬉しい。


「でも、しっぱいだったものなー」

「初めてで成功するとは誰も思ってないし、成功されたら困るよ」

「はじめてのとき、てぃるもしっぱいした?」

「どうだったかなー、昔過ぎてあんまり覚えてないかも」


 きっと、ティルは覚えてないぐらい小さい頃から練習していたに違いない。


「そっかー。なな、てぃる。どこがだめだった?」


 尋ねると、ティルは丁寧に説明してくれる。


「この部分が、ほんの少し途切れていた。後はこの部分が細すぎて、逆にこっちは太すぎる」

「ほむほむ?」

「それでこの二重構造の下層部分との連結部が――」

「……なるほどなるほど」


 ティルの説明はとてもわかりやすい。

 魔力の流れと効果についてもわかってくる。


「ティル、ここって魔力をおおきくするこうかじゃないの?」

「そうだよ、よくわかったね」

「なんとなくな? でも、こっちにも同じようなのがある。少し違うけどな?」

「似てるけど、それは増幅じゃなくて減衰だね」

「なるほど? れんけつする前に、ちょうせつするのかー」

「そうだね。その部分でノエルの魔法陣は――」


 ティルが説明してくれるので魔法陣の仕組みについても大体わかってきた。

 各部の効果などもだ。


 さすがはティル。一流の魔導師なだけでなく、一流の説明師らしい。

 一通り解説するとティルが言う。


「ノエルには才能ががあるのは間違いないよ」

「えへへへへ」

「だからこそ、基本が大事だ。魔法陣を描く前に、魔力操作の練習からしよう」

「のえる、まりょくそうさは、まだまだだものな」


 ガルガルよりは得意だけど、ティルやママほどではない。

 まだまだ練習が必要だ。


「確かにまだまだだな。まだまだ、ノエルはうまくなるよ」

「そっかー。えへへ」


 それからティルは魔力操作の練習方法を教えてくれた。


「さっそく、れんしゅうする」

「母も一緒に練習するわね」

「うん!」


 僕は母様と一緒に、魔力操作の練習を始めた。

 母様と一緒にするのは何でも楽しい。


「がぅがう」「なぁなぁ」「みゃあみゃあ」「にゃあにゃあ」

 ガルガルとアオたちも僕と母様と一緒に練習する。

 とても楽しい。



 その間、ティルは魔法陣を描いていく。

 どうやら、今までは説明のためにゆっくり描いてくれていたらしい。

 本気のティルが、魔法陣を描くスピードはめちゃくちゃ速かった。


 今までの十倍ぐらい速い。


「ほえー。はやいなぁ?」

「兄弟子は特別だからね。天才なのよ」

「やっぱり、そうなの? ほかの魔導師とどのくらいちがう?」

「他の魔導師とは、比べものにならないかしら。そのぐらいの天才」

「ほえー」

「でも、ノエルも兄弟子ぐらいすごい魔導師になれるかもしれないわよ」

「そっか!」


 母様がそういうので、僕も頑張ろうと言う気になった。

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