僕がVtuberになる理由。(仮)
北条あくろ
1話
朝が苦手だ。
目覚ましはスマホのアラームにしているけれど、起きる時間を過ぎてもなかなか体が動かない。
寝ぼけた頭を無理やり起こすように、僕は冷たい水で顔を洗う。鏡に映るのは、今日も相変わらず“高校生”みたいな自分だった。
「……はぁ」
思わずため息が出た。
外見が幼いことはもう慣れてるつもりだったけど、やっぱり鏡を見るたびに、少し落ち込む。
高校を卒業してからもう2年が経つのに、僕は一向に大人に見られない。
それだけならまだしも、声まで変わらなかったせいで、就職活動もまともに進まなかった。
「年齢詐称されてませんか?」
「保護者の同意はありますか?」
「本当に20歳なんですか?」
そんな言葉を、面接で何度も聞かされた。
だからもう、正社員として働くことは、ほとんど諦めている。
今はバイトを3つ掛け持ちして、生活費と借金返済の足しにしている毎日だ。
朝はコンビニの品出し、昼は清掃のパート、夜は弁当屋のレジ。
休みなんて月に数回。
でも働かないと、生きていけない。
──それでも。
「やっぱ、楽して稼ぎたいよな……」
そんな弱音を心の中で吐いてしまうのも、仕方がないと思う。
昨日の夜、Vtuberの広告を見つけた僕は、ふとした好奇心で調べてみた。
『Vtuber 始め方』
『男性Vtuber 成功例』
『声が高い Vtuber メリット』
検索してみると、意外とたくさんの情報が出てきた。
配信に必要な機材、ソフト、そして「顔を出さない」自由さ。
自分の見た目にコンプレックスがある人にとっては、ある意味、理想的な世界かもしれない。
「声……声なら、なんとかなるかも」
思い出すのは、音楽の授業で「ソプラノが似合うわね」と言われた小学生の頃。
その時は恥ずかしかったけど──今なら、武器になるかもしれない。
バイトまで少し時間がある午前中、僕は机の上にある中古ノートパソコンを立ち上げた。
広告に載っていたVtuber育成学校のサイトに、もう一度アクセスする。
【1年でプロを目指す!】
【Vtuber養成プログラム、4月開講!】
【今ならオンライン説明会、無料!】
ページのデザインはシンプルだけど、内容はしっかりしているように見えた。
運営しているのは、都内の専門学校グループで、ちゃんと法人登録もある。
「うーん……怪しくは、ない……のかな?」
少しだけ安心しながら、スクロールを続ける。
授業内容、カリキュラム、卒業生の進路、そして体験談の動画もあった。
『自分の声に自信がなかったけど、今では1000人以上のファンがいます!』
そんな言葉に、胸がじんわりと熱くなる。
──僕も、そんなふうになれるんだろうか。
だけど、すぐに現実が頭をよぎった。
「……お金、かかるよな。こういうのって」
案の定、ページの下部には受講料の案内があった。
年間:35万円。分割払い可。
安くはない。でも、僕が過去に受けてきた民間スクールに比べたら、破格とも言える。
「35万……」
今の貯金は、ざっと40万くらい。
生活費を考えるとギリギリだけど、やれない金額ではない。
ただ、ここで一歩踏み出す勇気があるかどうか、それが問題だった。
「……俺が……僕が、Vtuber?」
鏡の中の自分が、また問いかけてくる。
女の子みたいな顔に、情けない目をした自分が。
今まで、いろんなものを諦めてきた。
大学も、友達付き合いも、恋愛も。
でも──このままずっと、諦めながら生きるのか?
誰にも知られず、誰にも期待されず、誰にも覚えられないまま、ただ借金を返して、歳を取っていくのか?
「……やってみようかな」
気づけば、申し込みフォームを開いていた。
オンライン説明会の予約を入れるのに、名前と連絡先を記入するだけ。
たったそれだけなのに、指が震えた。
でも、震える手で──僕は、申し込んだ。
少しの勇気で、何かが変わるかもしれない。
そう思いたかった。
その日のバイトでは、いつもと違う自分がいた。
コンビニの店長に怒られても、あまり落ち込まなかった。
品出しをしながら、心の中でリハーサルをしていた。
「こんばんは、初配信です。見に来てくれてありがとう──って、感じでいいのかな」
いつか本当に言う日が来るだろうか。
いや、来させるんだ。
それが、**僕自身の選んだ“はじまり”**だから。
──オンライン説明会は、3日後の夜。
その日までに、準備できることを、少しずつ始めていこう。
パソコンのスペックを確認して、ヘッドセットを注文して、配信ソフトの使い方を勉強して。
やることは、山ほどある。
でも、不思議と、気持ちは軽かった。
初めて「自分のために」何かを選んだ気がした。
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ここまで読んでくださりありがとうございます。
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