第41話 刃と刃(後編)
完全なるミス。
急いで瞬間移動をしたため、目測を誤ってしまったのだ。
このままではミリもユメもやられる。
ミリは右手をばっとシドウに向けて伸ばした。コウが反射壁を出す時のように。帽子の少女コトリが光る球を放つ時のように。
棒状のものがミリの手のひらの前から出現した。
ミリの奥の手。
金属粘土および、それで製作した武器を瞬時に出現させることができる性質を使った技。
武器の刃先を敵に向ける形で出すことで、武器の出現を、そのまま相手への攻撃に転化させる。
試していなかったので、武器の向きを本当にイメージ通りにコントロールできる確信はなかったが、成功した。
成功はしたが、攻撃としては失敗した。避けられてしまった。
シドウは、ミリの自分へと手を伸ばそうとする動作を見た時点で飛び退いていた。自身に向けられようとしている手のひらから、なんらかの攻撃が放たれると即時に判断したのだろう。真後ろだと、攻撃の距離、範囲次第で喰らいかねないと、斜め後ろに飛んだ。
真後ろに飛び退いてくれていれば、シドウに命中していたのに。
ミリが出現させたものは、何もない空中に出現しただけに終わった。そして、重力に従い落下していく。
だけど構わない。
とっさの判断でシドウに向ける形で出しはしたが、これを出すこと自体が目的だったのだ。シンキロウにこれを届けるために。
本来は、もっとシドウから離れたところに現れて地面に置くような形で出して、それからユメとともに逃げる算段だった。
ミリが何もしないでいたら、あるいは武器を出すための動きがほんの少し遅れていたら。シドウは一撃の元にミリを斬り伏せていただろう。ミリは武器をシンキロウへと届ける当初の目的も果たせぬままリタイアとなっていた。
ミリが出現させたものは、地面へと落下して大きな音を立てた。
「シンキロウさん!」
ミリは叫ぶように呼びかけた。
余計なことを言う暇はなかった。言わなくても、自分の意図は伝わると信じた。いや呼びかけなくてもわかっているはずだ。それでもなぜだが呼びかけずにはいられなかった。激励のつもりだったのか。
「おう!」
とシンキロウはミリの叫びに答え、切り札をとりにこちらに走ってくる。それを確認したら十分だ。
ユメとミリは手を繋いだまま、コウの元へと走り出した。2人一緒に叫びながら。
ユメはいつものように「お兄ちゃん」と叫び、
ミリも「ーーーさん」とあの人の名前を叫んでいた。
ユメの方が足が速いので、ミリはほとんどユメに引っ張られるような形で走ることになった。
コウも全速力で走ってくる。今回はユメと一緒に瞬間移動したので、ミリを守ために待機する必要がないのだ。
表情の変化が小さいコウだったが、ミリたちのことを本当に心配してくれているのが伝わってきた。
ミリもユメも息を切らして喘ぐことになった。
人生でこんなに全力で走ったことなんてなかった。
人生はすで一度終わってしまっているのだから、死んでからこんなに走ることになるなんて思わなかったとでも言うべきか。
そんなしょうもないことを考えている暇なんてない。勝負の行方は?
振り返る。
シンキロウとシドウは睨み合っているようだった。
さっき隠れていた場所よりはだいぶ近い位置なので2人の様子がわかりやすい。
シンキロウは、邪魔になるからだろうかメリケンサックを外して、ミリたちが届けた切り札を六本の腕を使って持ち上げていた。
シドウは何やら空手の構えをとって、シンキロウが持つ巨大な武器を興味深そうに見ている。
シンキロウが手にしている武器は一言で言えば薙刀だった。
薙刀というにはあまりにも不恰好なものだったが。
無骨で。
刃が異様にでかい。
刃から柄の部分まで、ミリの【金属粘土】でできている。
はたして、これを本当に薙刀と呼んでいいものなのか。作った当人のミリも疑問に思った。だけど便宜上薙刀ということにしている。
巨大薙刀。それがミリとシンキロウで考えた切り札だった。
六本の腕で、リーチがある武器を同時に複数扱うのはシンキロウの身体を傷つけかねない。
なら発想を変える。
六本ある腕で武器を同時に複数持つのではなく、六本ある腕を同時に使って一つの武器を持つ。
一つの武器を六本の腕で持つならば、自分の腕を傷つける心配はない。
腕の数がただ三倍に増えたのだと考えるのではない。六本の腕を一つの物を持つのに用いれば、腕力が三倍になると考える。
六本の腕を合わせれば、通常の三倍の重量の物を持ち上げられる。
とはいえ、超重量の薙刀を持ち上げ振り回す真似は、ただ腕の数が三倍に増えただけでできることでもない。
増えた腕の分の重量が全く気にならない程度に、シンキロウの肉体が全体的に強化されていることをミリは見抜いた。
さらに六本の腕を操る肩の力は特に強化されていることも。
だからこそ、巨大薙刀を扱うことが可能なのだ。
相対するシドウはシンキロウが巨大薙刀を持ち上げはしたが、まともに振るえるのか、疑問視しているようにも見えたが。
「シドウマモルだ」
シドウがシンキロウに名乗った。いきなりなぜ?
「お前の名は?」
シドウがシンキロウに尋ねる。
名前を尋ねる際の礼儀として名乗ったらしい。それにしてもなぜ?
「シンキロウだ」
シンキロウは答えた。
「苗字は別にいいだろう」
戦国時代の武将の一騎打ちのようだった。
もしかして、巨大薙刀に脅威を感じたてくれているのか?
敗北を予感したから自分を倒すかもしれない相手の名前くらい知りたくなったのだろうか?
「行くぜ、シドウ」
「来い、シンキロウ」
互いの名を呼び合う2人。
シンキロウは薙刀を振りかぶりながら、シドウに向けて歩き出す。
スピードは遅い。薙刀の重量ゆえ、走ることはできない。せいぜい早歩きといった速度だ。
シドウは正面から迎え撃つ構え。
巨大質量の武器相手に正面から挑むつもりなのか?
いや、シンキロウが薙刀を振るおうとしたタイミングに合わせて後ろに下がるつもりか!?
薙刀は巨大さと重量ゆえに、一度振り抜いてしまえば、簡単に二撃目には移れない。大きな隙が生まれる。
避けて、攻撃後の隙をつくつもりなのか!?
しかし、ミリの考えは外れた。
シンキロウは薙刀を振るった。
シドウが蹴りを放った。
シドウの爪先は、薙刀の刃とぶつかり合う寸前に刃に変わる。
シンキロウの薙刀の刃と、シドウの爪先の刃、二つの巨大な刃がぶつかり合った。
工事現場で発生しそうなやかましい金属音が鳴り響く。
シンキロウは巨大薙刀を振り抜いた姿勢で固まっていた。
シドウの体が宙に待っていた。車に跳ねられでもしたかのように。
通常の三倍以上の腕力で振るわれた超重量の薙刀は、遠心力も加わって、人1人吹っ飛ばすほどの威力を発揮した。
シドウは頭からおかしな角度で硬い地面へと激突した。
空手の達人のシドウが受け身を取ることさえできなかった。
打ち合った際の衝撃と吹っ飛ばされた勢いで、意識はすでに飛んでいたのかもしれない。
シドウの首が変な方向に曲がっていた。確実に首の骨がへし折れている。
シドウの体が地面にどさりと倒れた。
まもなく、シドウは光となって消えた。
シンキロウは拍子抜けしている様子だった。
シドウの最後が薙刀そのものによる外傷ではなく、吹っ飛ばされたことによる頚椎骨折になるとは。やった当人のシンキロウにとっても思わぬ決着だったのだろう。
それにしてもシドウがまさか、真っ向から薙刀の刃を受けてくれるとは。
自分の蹴りと能力の合わせ技に余程自信があったのか。あの巨大な薙刀相手に自分の技が通じるのか試してみたかったのか。
もしかして大太刀と渡り合ったことで、おかしなテンションにでもなっていたのだろうか?
なんにせよ、シドウはシンキロウと真っ向勝負をすることを選び、そして敗れた。
シンキロウが勝ってくれて良かった。
シンキロウは、薙刀を持つにあたり外してその辺に放り捨てたメリケンサックを回収する。
コウはミリたちから少しだけ離れて辺りの警戒を始めた。
「ミリちゃん、あれ凄かったね」
「あれ?」
「薙刀を前に向かって出すやつ」
「ああ、あれですか。ああすれば、武器を出すのを、そのまま攻撃にできるかもと前から考えていたんですよ」
「やっぱりすごいなあ。ミリちゃんは頭いいなあ」
やっぱりと言われるほどすごいところを今まで見せていただろうか。それでも無垢な感じで褒められると照れてしまう。
「ミリちゃんがさっき叫んでいたことだけどさーー」
ミリはふと、ユメから顔を背ける。
ミリの目が見開かれた。
ミリはユメに体からぶつかって突き飛ばした。
一瞬前までユメとミリが立っていた場所に四本のトゲが地面から生えていた。
一瞬前までミリがいた場所には誰もいない。ミリがユメに突っ込んでいったから。
一瞬前までユメがいた場所にユメはいない。ユメがミリに突き飛ばされたから。
だからと言って、さっきまでユメがいた場所に誰もいないわけではなかった。そこにはミリが立っていた。ユメに体からぶつかっていき突き飛ばした代わりに。
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