第15話 刻まれし覇道 と 光なき空白 ⑤

 遠雷のように低く唸る空の下。

 ゼルバナトは、静かにソルディアの地平を見下ろしていた。

 再び、この地へと戻ってきた。

 かつて、すべてを捨てて出て行った――この国へ。


 ゼルバナト帰還の報は、瞬く間に国中を駆け巡った。

「……第三王子が帰還された!?」

「まさか……本当に、あのゼル坊が!?」

「行方知れずになって、もう三年だぞ……生きてたのか」

「見たやつらはみんな言っていた……『まるで別人だった』ってな」


 かつて、無鉄砲で厄介者と見なされていたその名は、いまや王都中で、畏れと戸惑いの色を滲ませながら囁かれていた。

「あの人が……戻ってきた……!」


「でも……もう――」


 そして、その日。

 ソルディア王宮の扉が、重く開かれた。


 玉座の間――高天井に届く威圧的な石柱が並び、王家の象徴たる赤き絨毯が、中央にまっすぐ敷かれている。

 その奥、王座に座すのは国王ゼオリス・ソルディア。そしてその傍らには、王妃ネリア。

 その御前には、第一王子ルダインと第二王子エリオットが控えていた。


 そして、扉の奥から――現れたのは、一人の男。

 漆黒の上衣に、肩まで伸びた髪が風に揺れる。

 かつての快活な少年の面影は、もはや微塵も残っていなかった。


 沈黙が、重たく場を支配する。


 最初に反応したのは、ルダインだった。

 顔を紅潮させ、怒気がこみ上げる。

「貴様……よくものうのうと――」

 だが、そこで言葉は途切れた。


 眼前に立つ弟の“異様なまでの変貌”が、言葉を奪ったのだ。

 ただの鍛錬ではない。

 剣の修練だけでも、魔術の学びでもない。

 その男の身に纏うのは、戦場に立った者にしか纏えない“尋常ならざる圧”だった。

 無数、いや、幾万の死闘を超えてきた者だけが放つ気配。

 その沈黙が、逆に玉座の間を震わせた。


 エリオットもまた、口を開けなかった。けれど、目を逸らすこともできなかった。

「何があった?」と、そう問いたくなる己の心を押し殺しながら、ただ見つめていた。


 かつては自由だけを求めていた男が、今――この場に、戻ってきた。


 沈黙が、長く続く――


 やがて、ゼルバナトが口を開いた。

「……よォ、父上。ちょいと散歩に出かけただけなんだが、出迎えがやけに豪勢だなァ」

 口元に薄く笑みを浮かべる。だが、その声音は、かつての少年の軽薄さではない。

 修羅を越えた男の“自信”と“凄み”が、言葉の端々に滲んでいた。


「ルダイン、ずいぶん顔が赤いが……どうかしたかァ? 酒か? それともいつもの王族様の説教か? エリオットも、ますます王族の貫禄が出てきたなァ。俺みたいな不良弟が帰ってきたってのに、優しいお言葉は?」

 ――わざと、飄々とした口調で挑発するように。

 だが、当然笑いは誰からも返ってこない。

 その“軽口”が、冗談では済まない威圧感を帯びていたからだ。


「あれ? お姫様の姿が見えねぇな……」

 沈黙の広がる玉座の間で、ゼルバナトの視線がふと玉座の脇へと向けられる。

 そこは、いつも彼女が立っていた場所――

 王の家族としてではなく、ただこの国を信じ、この国を変えたいと願い続けた、ひとりの少女として。

 だが、そこには誰もいなかった。


 陽だまりのように人々を包んだ気配も、まっすぐに未来を見つめていた瞳も。

 リアナの姿は――すでにこの国にはなかった。

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