魔導構文師

@rir94709

第1話 プロローグ 再構築

──コマンドラインが、闇の中に浮かんでいた。




shutdown -h now




最終ログアウト処理を終えた後、サーバのファンの音さえ遠ざかり、


世界がゆっくりと、静かに、暗転していった。




彼女は確かに死んだ──そう、思っていた。




 




 




目覚めは、光だった。




刺すような蛍光灯の白ではない。やわらかな陽光が、まぶた越しに温かさを伝えてくる。




「……お嬢様?」




耳元で、少女の声がした。くぐもっていた音が、次第に輪郭を帯びる。




「アイリスお嬢様、お目覚めですか?」




 




ゆっくりと瞼を開けた。




天蓋付きのベッド。淡い薔薇模様の天井布。見知らぬ部屋。


目の前には白いフリルのメイド服に身を包んだ少女が、不安そうにこちらを覗き込んでいた。




 




──誰?


──ここはどこ?


──なぜ……?




 




「……ここは……」




「グレイン伯爵邸でございます。ご気分が優れませんか? すぐに侍医を──」




 




その言葉を聞いた瞬間、流れ込んできた。


まるで、記憶ファイルが一斉に展開されていくように。




「アイリス・グレイン」。


この世界の伯爵家に生まれた少女。


父は王国軍の魔術師、母は魔法大学の教授の娘。


教養、魔法、礼儀、貴族の務め。


気がつけば、そのすべてが「自分のもの」として、脳に刻まれていた。




──けれど。




 




“私は、アイリスじゃない”


“……でも、アイリスでもある”




 




この身体に流れ込んできた記憶と意識は矛盾していない。


明らかに自分自身のものとして、融合していた。


だが、消えなかった。死ぬ前の記憶、思考、言語の感覚。




 




「……転生、したの?」




ぽつりと漏らした言葉に、メイドの少女は目を瞬かせる。




「て、んせい……?」




 




応えずに、アイリスはゆっくりと身体を起こした。


全身に力が戻り、意識は明瞭だった。


窓の外を見る──庭園の奥、地面に何かが刻まれている。




それは魔法陣。幾何学的に構成された、巨大な詠唱装置。




 




そして、浮かんでいた。


光の粒で構成された、半透明の詠唱文。




 




Ignis exuro vitas hostium.




 




──ラテン語?


……読めない。読めないけれど、わかる。


これは「意味」ではなく、「構造」を見るべきものだ。




主語。動詞。目的語。


命令の流れ。文の分岐。属性の定義。




 




「……完全に構文ベースじゃない、これ」




アイリスの声が震える。けれど、それは恐れではなかった。




それは、プログラマが未知のコード体系を初めて目にしたときの――


期待と歓喜の震えだった。




 




意味はわからない。


けれど、明らかに文法がある。


構文がある。命令系統がある。


if文、ループ、トリガー、そして条件発火式。




 




──魔法が“言語”で動いている。




 




「これ、私……解ける」




 




不意に笑いがこみ上げた。




どうしても壊せなかった“世界”。


報われなかった努力。


見えなかった出口。


全てを終わらせたはずのその先で、今、自分は“新しいシステム”を目の当たりにしている。




未知のプログラミング言語。


それも、世界そのものを動かす言語だ。




 




「私はこの世界の魔法を──再構築する」




 




今ここに、“魔導構文師”が目覚めた。




それは、技術で魔法を凌駕する少女の、最初の再起動だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る