魔導を斬るは、無銘の少女

@rir94709

第1話 魔導を斬る者

雨は降っていなかった。


 けれど空は灰色で、交差点に立つ私は、なぜか胸騒ぎを覚えていた。




 スマホの通知が震えた。明日開催予定だった全日本高校武道交流戦──延期の知らせだった。


 空手と剣道で全国を制した、あの大会だ。


 けれど私は、もうそれを戦うことはなかった。




 ――次の瞬間、白い光が視界を覆った。




 タイヤの軋む音。誰かの叫び声。


 時間が止まったかのように、私は宙に浮いていた。




 「……ここで、終わりか」




 地面に叩きつけられる前に、思った。


 それだけが、最後の記憶だった。




 ***




 まばゆい光と、焼け焦げたような空気の中で、私は目を覚ました。




 「……どこ……?」




 周囲には見たこともない建物、異国の装飾。


 石造りの祭壇の上で、私は寝かされていた。




 「成功……したのか……?」




 男の声が震える。


 見下ろしていたのは、灰色のローブに身を包んだ老人だった。


 彼の背後には、同じ格好をした者たちが十人以上並んでいる。みな一様に怯え、あるいは希望にすがるような目をしていた。




 「よく見ろ。……この娘、魔力の気配がまったくない」


 「召喚失敗、か……?」




 周囲の空気が一気に冷える。




 “召喚”…?


 この世界は、夢じゃない。


 私、事故で死んだんじゃなかったのか? これは──




 「……ふざけないで」




 思わず声が漏れる。




 まだ、立てる。まだ、息もできる。


 筋肉も、感覚も、全部ある。私は……“生きてる”。




 だとしたら──もう一度、生きる理由が要る。




 「……剣は、ある?」




 驚いた顔をした神官の一人が、腰に差していた剣を差し出した。


 私は迷わずそれを抜いた。




 鉄の匂いと、重み。そして、慣れ親しんだ感覚。


 刃の長さ、重心の位置、柄のバランス──悪くない。




 「聞こえる?」私は、神官たちに言った。


 「魔法がないなら剣を使えばいい。私を呼んだのはあなたたちでしょ。


 だったら、使い方くらいちゃんと説明して」




 あまりに静かで、あまりに落ち着いた声だった。


 魔力も加護もない少女が、剣を携えただけの姿で、堂々と立っていた。




 後に人々はこう呼ぶようになる。




 ――無銘の剣姫。


 名もなき少女が、魔法の時代に斬り込んだ最初の一歩だった。

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