第34話『猫の目信号機』

『小さな木の実』

冬が近づくと空が寒さに身を縮こませ街の空は少し小さくなる。仕方がないから街も人も小さくなって体を寄せる。それを見た空が安心して更に身をすくめるものだから僕らは益々くっつき合う。寒さが一層厳しくなる頃、街は小さな木の実みたいになる。そこは暖かくて眠るとリスの口の中を転がる夢を見る。



『土手の骸(むくろ)』

Y川の土手に骸が座っている。墓地取り壊しの際に這い出たそうで七十年程になる。特段悪さもせず捨て置かれている。代々美男美女が揃うT家のご先祖様らしくT家には憎々しいだろうが、これも世の無情を感じさせて良い。時おり肋の骨を厳かに一本抜き取り笛を吹く仕草からは気品すら漂うが音は鳴らない。



『平日』

仕事柄休みが平日で、高校生の息子の後頭部で揺れる寝癖を見送り、幾つか家事を済ませて買い物から戻ると昼前だ。一人分の料理は面倒で即席麺をすする。隣で中学生の娘が弁当を広げ、テレビはブロッコリーの収穫を映し出している。退屈だね、と娘が言い、そうだね、いや、そうでもないかな、と答える。



『行き止まりの街』

近頃、行き止まりが増えた。今も作業服の集団が僕を追い越すと道いっぱいにフェンスを立てた。金網越しに尋ねると壁が出来るらしい。すぐ先に用があるので通して欲しいと頼むが、危険なので別の道を、と譲らない。仕方なく来た道を戻る。また家が遠退いた。見ると引き返した先でも工事の準備が始まる。



『猫の目信号機』

猫じゃらしの揺れる猫の額ほどの、いつも野良猫が寝転がっている空き地には、たいてい猫の目信号機が立っている。忙しなく色が変わるが空き地に車が通るでもなく問題はない。でも信号機が金色に光る夜は、ついつい渡ってみたくなる。渡ったらどうなるんだろう。そういえばこの街は随分と野良猫が多い。



おまけ

『雨樋を撫でる男』

夜、玄関脇の物陰に猫がいた。鳴き声を真似て近寄るが反応はない。更に近づき間違いを悟った。壁を這う雨樋の縦樋が排水溝手前でL字にカーブする膨らみが猫の背に見えたのだ。しかし以来その雨樋が猫のふりをする。帰ると「にゃん」と鳴くから背を撫でる。そろそろ名前をつけてやるべきか悩んでいる。

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