第25話『火星の女』
『火星の女』
夜毎夜毎、僕の住むアパート裏の公園に水筒を持った女が現れる。古びた街灯の下、砂場の縁に立ち小振りな魔法瓶の蓋を外す。逆さにすると砂が零れる。部屋からでも砂が赤いと分かるが落ちた砂は僅かで翌日には判別不能になる。それでも女は毎夜、赤い砂を撒く。マルスフォーミング中の火星人だろうか。
『虫の知らせ』
深夜、気配に目を開くと枕元に郵便配達夫の格好をしたオトシブミが立っていた。手紙を僕の胸に落とそうとして見つかり慌てている。「ご用件は」と尋ねると「虫の知らせを届けに」と渋々言う。「実は僕も今日は何かありそうな気がして起きていたんだ。さて、これは誰が届けてくれた虫の知らせだろうね」
『大きな傘の下で』
近頃は頻繁に豪雨もあり大きく丈夫な傘を買った。これなら家族と出掛けても一本で間に合う。でも自分の傘を手に学校へ向かう成長した子供達を見て、家族で外出も減ったし恥ずかしがるかな、と気づいた。そこで家に傘を差してみた。夜、普段と違う雨音をみんなで聴いた。何だか目的を達した気にもなる。
『禁煙』
夕食後、玄関先で星を見るふりをすると壁に映る影が懐から煙草を取り出し火をつける。僕と違い影はまだ煙草がやめられない。放っておくと部屋でこっそり吸って匂いが残り僕が妻に疑われる。でも無理に僕に合わさせるのも悪いから隙を見て喫煙させている。影は美味そうに煙草を燻らせ僕は煙に巻かれる。
『ゲヘナ(燃えるゴミ捨て場)』
千年ほど眠っていた神様が目覚めると気紛れに下界へ降りた。途端に吹き出す汗。拭えども拭えども汗は滴り落ちる。なぜ地上の人々が永遠の業火に焼かれているのかと彼は訝った。朦朧とする意識の中で迎えの天使を呼ぶ。白衣の天使に抱えられながら考える。システムの不備を洗い出すか一から造り直すか。
おまけ
『三途の川は海へそそぐ』
バスに揺られ終点の三途の川停留所に到着した。長旅でガイドの鬼ともすっかり打ち解けた。そこで三途川を下ると海かと尋ねたのだが、鬼も知らないらしい。一介の添乗員に過ぎませんから、と角を掻く。ならば確かめねば。元海洋学者の血が騒ぐ。家族が多目に持たせてくれた渡し賃をそっと鬼に握らせる。
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