第23話『微笑む女神』

『影の羽化』

子供の頃、影は自由気儘だった。一緒に遊んだり喧嘩をしたりした。珍しく早起きした朝、影法師の羽化を見た。日の出前の淡い光の中、やけに濃い影を見ている時だった。震えていた影がやがて畳んだ羽を広げると空へと消えた。以来、影の脱け殻は僕の真似しかしなくなった。夏の濃い影に、ふと思い出す。



『猫枕』

誕生日に娘が猫枕をくれた。抱いて眠ると自分好みの猫が夢に現れるらしい。癒されたいでしょ、と笑う。早速、使ってみると、とても手のかかる猫だった。ご飯はこぼす、柱で爪を研ぐ、その辺でオシッコはするし花瓶は倒す。目覚めると何故か満たされていた。おはよう、と手のかからなくなった娘が言う。



『昔、海だった場所』

プールバッグ片手に子供たちが小学校へ集う。町から海は遠い。そこで土地の太古の思念を利用し夏の間、校庭に海を開く。盆の海納めは酷暑で延期された。だが夏休みも残り僅か、接近中の台風も心配だ。潮時だな、と町長が上手いことを言い海は閉じた。戻り損ねた生物は回収され翌年の儀式の依代となる。



『微笑む女神』

君の街にも天使はいるだろうが女神はどうだろう。僕の街にはいる。割りとぼやっとした存在の天使に対して女神のそれは強固だ。僕より余程しっかりしている。古アパートやピザ屋の入るマンションに住みコンビニで働いていたりする。毎朝、僕は女神から珈琲と煙草を買う。それだけ。悲劇なら足りている。



『お菓子なサメ』

魚介の形を模した菓子を開けるとサメが一匹いて他は食い荒らされていた。空腹のサメが紛れ込んでいたようだ。仕方なくソイツを掴むと噛まれた。見ると人差し指の第一関節から先がない。人喰いザメらしい。他の指も失いながら負けじとサメを飲み込んだが、どうにも体の中がスカスカするのは何故だろう。



おまけ

『君の魂が』

終電は疾うに行ったのに古い型の列車がゆっくり通り過ぎていく。乗客はみな笑顔だ。先日亡くなった近所の婆さんがいて、なるほど、と得心した。最後の車輌に一人浮かない顔の君を見つけ手を振った。君はソッポを向いたまま、やがて闇に消えた。帰ったら「君はもういない」て彼女の体に教えてあげよう。

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