第21話『宇宙犬』

『愛の証』

妻が僕との間に木を植えた。世話を頼まれた僕は根が真面目だから黙々と水をやり悪い虫がつかないよう努めた。木は瞬く間に大木となり手を繋いだりキスしようとすると幹や枝が邪魔をしたが妻は喜んでくれた。愛の証の大樹に背を預ける。向こうにまだ妻がいるかなんて今はどうでもよくて僕は幸せだった。



『エンゲージメント』

不意に妻が胸に飛び込んできて不覚にも狼狽えてしまった。抱き締め返したかったが衝撃で後ろに倒れ恥ずかしい。近頃は休日でもインプレッションが二桁いかず愛想を尽かされたと思っていた。久し振りに獲得したエンゲージメント1に意識が遠のく。そしてちょっと痛い。深く胸に刺さる1をぼんやり眺める。



『宇宙犬』

また捨てられたかな。ご丁寧にこんな遠くまで。まさか瞬かない星を見る羽目になるとわね。捨て犬の俺を拾ってくれたのも彼ら、恨みはない。昔に戻っただけさ。あの頃みたいに生きる事だけ考えろ。さて、どうやって帰ろうか。違うな。重力の鎖から解き放たれた俺は自由な宇宙犬。行けるトコまで行くさ。



『夏の日の弔い』

古くなった自動販売機の撤去と処分を請け負った。夏の暑い盛りだが規定通り喪服に身を包み作業にかかる。随分と傷んでいるが、これ以上キズや凹みを増やさないよう慎重にトラックの荷台に安置する。このあと荼毘に付されるが「炭酸飲料ばかり詰め込んでいたからなぁ。骨は残らないかも」と先輩は笑う。



『ウラシマ』

古い地図で亀を折った。次は、と紙を取ると「俺を見りゃあ分かるが下手だな、貸せよ」と亀が横から手を出す。パタン、パタと器用に旅行鞄を作ると「荷物詰めてきな」と寄越す。支度して戻ると机には星図で折ったロケット。「行くだろ?」頷き乗り込む。「さあ、光の速さだ、ウラシマ」窓は開いている。



おまけ

『院外待合室』

病院の待合室には雪が舞っている。さっき熱を測る時に外したマフラーを巻き直す。見たこともないヒマラヤの空に想いを馳せてみるけど、やっぱり上手くはいかなくて諦める。もうすぐ日が沈む。隣のビルの壁に遮られたこの狭い空からも瞬く星は見えるでしょうか。ところで先生、僕の、診察はまだですか。

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