第3話 凡才は、戦い方で勝つ
朝の旧グラウンド。
空は白みはじめ、湿った土と草の匂いが漂っていた。
眠気は抜けない。身体も重い。それでも、気持ちは落ち着いていた。
(決めたんだ。もう負けないって)
「はぁはぁ、疲れたぁ〜。駅から猛ダッシュできたからさ。どう?ギリギリ間に合った?」
「ギリですよ」
「朝練なんて……何年ぶりかな。俺、たぶんもう野球から離れてたんだろうな。ずっと」
「でも、来たじゃないですか。自分から」
「去年まで、楽だったんだよ。野研って、やる気ないやつにとっては最高の環境だった。
でも、気づいたんだ。俺……ずっとごまかしてたって。自分にも、周りにもずっと。」
言葉の最後に、少し笑みを浮かべた。
「だから、苦しもうって思った。本気でやりたくなったんだと思う」
六時五十九分。
一人の人影が、旧グラウンドに現れた。
「……やべ、ギリセーフ」
「遅刻かと思ったぞ」と
「いや、オンタイムだ。むしろちょうどいい」
「何様だよ」
「ピッチャー様だよ」
三人は、笑い合いながらキャッチボールを始める。
七時五分、
紺のジャージに着替えている。
「全員そろってるな」
そう言って、すぐにアップメニューを指示した。
「今日も基礎中心だ。キャッチボール、ノック、体幹。まずは体を慣らす」
「
「
「
次第にその言葉のひとつひとつが、身体に入ってくるのを感じていた。
「なんで先生、そんなにうるさいんですか」
「野球は、うるさい指摘を積み上げてやっと土台になるスポーツだ。……間違った動きは、どこかで必ず破綻して、もし試合で間違った動きをしたらいやだろ。」
「確かに間違えたままやっていたらヤバいなぁ」
練習後、水を飲みながら
「お前ら三人。このままでは“野球部”として認められない。最低五人、必要だ」
「期限はあるんですか?」
香川の質問に、石田は静かにうなずいた。
「二週間。今月末までに、残り二人を見つけられなければ――部としての申請は取り下げる」
篠山が顔をしかめた。
「マジかよ……」
「厳しいのは、条件じゃない。時間だ。それに
そう言って
放課後の旧グラウンド。
「野研って、今どうなってるか知ってる?」
「まぁ流石に中高合わせて40人ぐらいだろ」
それへの
「高校の部員、今は70人。中学あわせて170。……全校生徒の一割近くが、野研所属ってことになる」
「……マジで?」
「つまり、“学校最大の団体”が野研なんだよ。活動内容ほぼなくてもな」
そのとき、フェンスの向こうにぞろぞろと生徒が現れた。
制服姿でだらしなく歩いているが、どこか目の奥が空虚だ。
その中心で、
「おー、やってるやってる。さすが″仮野球部″は違うねー。意識高いわ」
「……何の用だよ」
「うちの“野球研究同好会”、正式に活動再開したからさ。グラウンドの使用、交代制ってこと忘れないでくれよ?」
「顧問は
(また同じやり方か……)
「でさ、お前らって、今三人だろ?」
「うち、高校の部員70人いるんだけど。どう? 八人、貸してやろうか?」
「……ふざけんなよ、こっちに押し付けるつもりか?」
「マジで言ってるって。
この8人、去年の野研でもどの派閥にも入ってなかった。運動音痴で、やる気もない。だけど、そこが今回のポイント」
「“11人いる”ってだけで、お前らは“公認団体”扱いされるわけ。
勝手に練習してるだけの“3人の野球部”より、よっぽど“ちゃんとした組織”に見えるってわけ」
「……お前、それ、バカにして言ってんだよな?」
「もちろん。だってそうだろ? 努力してるから正しいって、誰が決めたんだよ?
数字と書類と人間関係で決まるのが、“部活”ってやつだろ?」
無所属の最下層部員たちは、何も言わない。
ただ立っている。それが、答えだった。
「お前みたいな奴は……本当に嫌いだ」
「言わせとけ」
「は?」
「凡才の敵ってのは、こういうズルくて賢いやつなんだよ。
逃げ場だけ確保して、自分だけ傷つかない場所にいる。……だからこそ、戦う価値がある」
「凡才は、戦い方で勝つ。数じゃねえ。“どう戦うか”だ」
「俺たちは、自分で動く。あと二人、自分で見つける」
そして、肩をすくめて笑った。
「うわ、青春だねー。二週間だっけ?がんばってねぇ。 せいぜい、夢見させてもらうよ」
そう言って、背を向ける。
8人の部員たちは、黙ってその後をついていった。
その日の放課後。
旧グラウンドのベンチに、三人と
冷えた空気のなか、沈黙が続く。
「あと二人。期限は二週間。……それまでに揃わなければ、部としての認可は出さない」
「それは、ルールじゃなくて先生の判断ですか?」
「俺の判断だ。“負けるとわかってる試合”は、俺はさせない。
勝ち目を見せられるなら、こっちも本気で構える」
「……たぶん、俺たち、全員自信なんてないです」
「ないなら作れ。行動して、手に入れろ。それが、チームってもんだ」
(凡才は、凡才のままじゃ終われない)
(凡才は、戦い方で勝つ)
始まりは、まだ何も始まっていなかった。
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