夜に咲く花(705)

ユラの部屋にミリアがやってきて、数日が過ぎた。ミリアは何も思い出せずにいたし、ユラはミリアを警察や病院に連れて行くべきなのかどうかまだ迷っていた。


ミリアはユラが仕事で部屋を空けている間、下の古書店でバイトを始めた。ユラは古書店で子ども向けの文字の本を買い、ミリアにプレゼントした。ミリアは仕事の合間にそれを開いては、文字の読み書きの練習をした。そして3日目にはA4サイズのコピー用紙に大きく「おかえり」と書いて、帰宅したユラを迎えた。




ユラはその日、職場で小さなミスをした。

そしてそれを大したことないと笑った同僚の言葉と笑い声に傷ついてしまった。同僚が自分を元気づけようとしてくれていることはわかっていたのだが、どうしてか心が痛んだ。ユラは商店街にある飲み屋で生ビール中ジョッキを3杯立て続けにあおって、忘れようとした。ところが同僚の笑い声はますます心の中で大きくなっていく。ユラはテーブルに突っ伏して耳を塞いだ。


「ユラ」


優しい声に顔を上げると、傍にミリアが座っていた。


「遅いから心配したよ。帰ろう」


にっこり笑うミリアに手を引かれて、ユラは立ち上がった。酔っ払ってふらついたがミリアが支えてくれた。レジで支払いを済ませると、飲み屋の店員がビニール袋に入った何かを「サービスです」と渡してきた。ユラはそれをわけもわからず受け取って店を出た。




アパートに帰るとミリアがにこにこ笑って、小さく畳んだコピー用紙を寄越した。開いてみると、「ユラ おかえり ミリア」と書いてある。昨日より少し字が整っていた。ユラは「はは」と小さく笑った。


「ユラ、これは何?色んな色があって綺麗だ」


ミリアは、ユラが飲み屋から貰ってきたビニール袋の中身を見て言った。取り出すとそれは花火だった。


「これは花火だよ。もしかして初めて見る?」


「うん、初めてだ」


「……公園に行こう」


ユラとミリアは掃除用のバケツを持って再び外へ出た。

途中コンビニに寄ってチャッカマンを買い、公園に向かう。

ミリアに花火を持たせて、火をつけてあげると、青や赤や黄色の火花が散る。ミリアは目を輝かせた。


「触っちゃ駄目だぞ、火傷するからな」


「わかった!ユラ、見て。これ、すごく綺麗だ!」


「見てるよ」


ユラは微笑ましい気持ちになって、自分も花火に火をつけた。


「ああ、そっちも綺麗だね」


ミリアは両手に次の花火を捧げ持ちながら、ユラの花火に感嘆の声を漏らした。


「いつだったか忘れたけど、これよりもっと大きな花火が空に打ち上げられる日もあるよ。よかったら一緒に見よう」


「空に!?それはすごい、見てみたい!」


ミリアがはしゃぐのを見ていたら、さっきまで傷ついて悩んでいたことがやけにちっぽけに思えた。


「綺麗だけど終わっちゃったな。終わるのは寂しい」


バケツいっぱいになった花火の残骸を見て、ミリアはポツリと言った。


「…違うか。終わっていくから綺麗なんだな」


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