第7話 境界の色

「……で? なんでエリュシアと一緒に行動することになるんだ?」

「いい機会でしょう。貴方はこれから多くの人間に狙われることになる。1人で対処するには、限界がありますから」

「だからエリュシアとこれから組んで仕事しろって?」

「そういうことです」

「本音は?」

「魔族ってだけでフリーなんてもったいない。だから、どうにかして取り込みたいと思いましてね」

「はぁ……」


 俺を使ってエリュシアを釣ったわけね。

 隣で優雅にお茶を飲んでいるエリュシアに視線を向けると、花のようなにっこりとした笑みを向けられた。単純にエリュシアが俺のことを信頼してくれたのかもしれない。


「貴方の斬撃の魔法、まだ教えて貰ってないわよ?」

「魔法師団と同じじゃねぇか。おい、この女も俺を狙う側だぞ」

「失礼ね! 私は興味があるだけよ!」

「それが面倒だって言ってんだよ」


 俺とエリュシアのやり取りをニコニコと眺めていたレオニスは、思い出したかのように何かの紙を取り出し、俺に渡してきた。


「なんだ、これ?」

「新しい依頼です」

「……帰って来たばかりなんだが?」

「今すぐというわけではありません。しかし、既に2人で挑むことになっていますから……エリュシアさんと組んでやってもらいますよ」

「最初からそのつもりじゃねぇか」


 この世界で生きるには、レオニスの依頼を受けるしかない。つまり――最初から俺に拒否権なんて無かった。

 横から伸びてきたエリュシアの手が、俺の手から依頼書をするりと奪い取った。


「古代魔法の調査協力依頼? 裏社会の人間に頼むかしら」

「いや、そもそも古代魔法ってなんだよ。原初の魔導書に記されてる魔法が、この世界の全てだろ」


 この世界の魔法はしっかりと体系化されている。

 火・水・風・土・光・闇、そして無属性。6つの属性と、それ以外の無属性に分けられている。6つの属性には原初の魔導書と呼ばれる、それぞれの属性魔法について全てが書かれている神話の時代の遺物が存在し、この世界の魔法は全てがその原初の魔導書に記されている。エリュシアが使っていた『炎舞ヴァルナ』なんかも、火属性の原初の魔導書にしっかりと記されている魔法だ。


「依頼主は……匿名? 馬鹿にしているのかしら?」

「レオニス、流石にこんなふざけた依頼は受けられないぞ」

「大丈夫ですよ。しっかりと金を払う約束はつけていますから」

「……それは、お前がしっかりと依頼主に会ってるってことで、いいんだな?」

「はい。私はしっかりと会いました。そして、依頼主が貴方たちに危害を加える様な存在でもないことを、確認しています」


 レオニスは割と信用できない男ではあるが、俺に対して無意味な嘘を吐いたりしない。何故ならば、俺の扱いを間違えれば、自分の命がないと本気で思っているから。俺はそこまで野蛮な人間になった覚えなんてないのだが、レオニスはそう思っている。だから、こういう冗談では済まされないような嘘はつかない。

 じっと、数十秒間見つめ合ってから……俺が溜息を吐いて折れる。


「わかった。受ける」

「正気? 最悪、私たちがなにかの実験台にされるかもしれないわよ?」

「その時はまとめてぶった斬る。レオニスも含めてな」

「でしょうね」


 レオニスは、どこか楽しげに、そして確信を持ったように笑っていた。


「1つだけ教えてくれ」

「はい、なんでしょうか?」

「……この依頼主は、か?」

「いえ、白ですね。ただ、祭り好きですよ」

「そうか」

「え?」


 依頼書を受け取って、俺は席から立ち上がる。エリュシアが慌ててお茶を飲み干してから俺の背中を追って来た。

 酒場から出て、地下街を歩く。


「ちょっと待ちなさいよ! さっきの青とか白、祭り好きってなによ!?」

「……青は貴族のことだ。ブルーブラッドって言うだろ?」

「そんな表現聞いたことないわよ!」

「そうかい。白は平民って意味だ。祭り好きってのは、まつりごと──つまり、政治に関わってる奴の隠語だな。政治に関わっている平民ってことは、今回は魔法師団が裏にいるな」


 魔法師団と聞いて、エリュシアが息を呑む。

 俺のことを狙っている組織の1つだから、当然だろう。もしかしたら……古代魔法の調査と言うのも建前で、俺を捕らえて、について調べるつもりかもしれない。


「……王国魔法師団に狙われる原因は、貴方の魔法にあるんでしょう? 私だって見たことがない、異質な魔法よ。無属性魔法とも違う」


 無属性魔法というのは、召喚魔法のように属性に縛られない魔法の総称だ。6つの属性に当てはまらない魔法を、便宜的に「無属性」として扱っているに過ぎない。切断しているだけだから、俺の魔法も無属性には分類されるかもしれないけど。


「この魔法については、俺から言えることはない」

「はぁ?」

「ある日、気づいたら使えてた。誰かに教わったわけでも、修行したわけでもない」

「自分の力について知らないって……怖くないの?」

「制御できてる限り、それは俺の力だ。それに、怖がって封じ込めてたら──あの夜、俺は死んでた」


 エリュシアは目を伏せた。


「そう……強いのね。私は、自分の制御できない力が、怖いわ」

「……そうか」


 制御できない力がある――そんなふうに聞こえたが、本人が「怖い」と口にする以上、それを掘り返すのは無粋だろう。

 エリュシアが1つ、咳払いをする。


「……で? 本当に行くの?」

「あぁ。生活できるだけの金が貰えるならなんでもいいし、相手がこっちを利用するつもりだっとしても、斬れば解決する」

「貴方って本当に……危機感があるのか無いのか、わからないわね」


 呆れたような声に立ち止まって振り向くと、エリュシアは肩をすくめていた。けれど、その顔は真剣そのもので……少しだけ不安も混ざっているように見えた。


「私は不安よ」

「……素直だな」

「これまで私がどんな人生を歩んできたと思ってるの? 魔族だからって理由だけで差別されて、殺されかけて……そんな時間を歩んできた過去があるから、私は他人をあんまり信用しないの」

「じゃあ、なんで俺と組むことは了承したんだ?」

「えっ、それは……言えない」

「なんでだよ」


 そこは気になるだろうが。


「こっちの問題だから、気にしないで」

「なら依頼を受けるってのもこっちの問題だ」

「それは違うじゃない。私も一緒に受けるのよ?」

「はぁ……そんなに不安なら、俺が守る」

「……え?」

「不満か?」


 エリュシアはフードを目深に被ると、小さく首を横に振った。

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