寿様
リッチモンドひろ子
第1話
麻衣子には裏の顔があった。
麻衣子はごく普通のOLだ。勤務するのは程よい大きさの大企業、勤務地も都心と言っていいくらいの場所にある。一見すれば順風満帆だろう。だが、担当するのは「十年後に消える職業ランキング」にいつも登場する事務の仕事だ。この無慈悲なランキングが発表されるたびに、麻衣子の属する総務課は声を出さずにざわつく。この十年間で総務課の規模が収縮しているのは明らかだった。人員も削減されているから、そこにいる誰もがいつか消滅することを悟ってはいるのだろう。それでも自分の目が黒いうちになくなってしまわないことを願っていた。とはいえ、他のニュースが飛び出せばみんなランキングのことなど忘れてしまったようになる。
だが麻衣子は違った。危機感というものを頭にいつも置いていた。自分がそのうちに「もう来なくていいですよ」と言われることを想定していた。女三十五歳、結婚もしていなければパートナーもいない。モテるタイプでもないから、このままずっと働くとすればあと二十五年くらい、麻衣子は自力で稼ぐ必要があるのだと理解していた。だからこそ、仕事がいつかなくなることだけは念頭に置いていた。
だから麻衣子はネットのフリーマーケットアプリで自分のスキルを販売していた。スキルとは「購入者の幸せを祈願する」ことだ。アプリでの登録名は「
あなたの願いを叶えるお手伝いをします。ご購入者様に幸せが訪れますように。得意分野は人間関係です。
販売を始めて一年くらい経つ。購入されるペースは二週間に一度か二回ほどだが、料金は一度で一万円、成功報酬で追加五万円とかなり高額のため、麻衣子のいいお小遣い稼ぎになっている。SNSで誰かが成功体験を呟いているのをきっかけに、商売は軌道に乗り始めた。エゴサーチでその投稿を見かけたのは会社のトイレだったが、思わず鳥肌が立った。特段キレイとかかわいいわけでもない、地味でファッションセンスもなければメイクもまったく映えない女だったが、そんな自分が称賛されているのを見るのは感動だった。嬉しくて思わず、パンツを降ろしているのも忘れてその場で足をバタバタとし、顔を手で押さえてしまったほどだ。麻衣子はその後何もなかったかのように居室へ戻り、少しニヤけながら仕事を続けた。
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