第11話 きっかけに、なる


 文化祭の準備で忙しい毎日が始まった。

 週に一度のLHR(ロングホームルーム)の時間を使って、クラスの出し物の話し合いが行われる。

 二年三組は、定番中の定番である『縁日』に決まった。他のクラスが焼きそばやフランクフルトを売るので、食事券やお菓子が賞品になったまでは良かったが、ゲームや衣装を何にするのかで揉めている。


「地味すぎんだよ、輪投げとかよぉ」

「衣装がハッピって。可愛くないよね~」

「喫茶店が良かったなぁ」


 人気の出し物は文化祭委員のくじ引きで争われ、お化け屋敷や喫茶店は残念ながらくじにハズレたため他のクラスになった。

 くじを引いたのは実は白崎さんだが、トワが「ボクの力及ばずで、すまなかった!」と声高らかに宣言し、クラスのヘイトは全てトワに向かっている。

 それを見た白崎さんは、罪悪感も相まってねてしまい、やる気がなさそうに教壇に立っているだけだ。


「しゃーねーだろ。ハッピが嫌なら好きな格好しろよ」

「え~、きわどいのとか?」

「いやーん」


 クラス委員の三ツ矢は、はっきり言ってクラスの縁日より、後夜祭のステージで披露するというダンスに気を取られている。文化祭委員の話し合いにもほぼ参加せず、体育館での練習に励む毎日だ。白崎さんに良いところを見せようと張り切っているのはいいが、今落ち込んでいる彼女をフォローせずに? と僕には彼の思考回路がまったく理解できない。

 予算も時間も限られている中で、ゲームも衣装も作らなければならないとなると、無理がある。あと僕はハッピで良いと思う。縁日ぽいし、楽だし。


「クラスTシャツ作ったらどうかな」

 

 姫川さんが、妥協案を発言する。さすが委員長だ。

 たちまち教室内がシンとするのを見て、綺麗な形の眉毛が少し下がる。


「……デザインするのに、店のコンセプトとか、クラスのスローガン的なのが必要だけど」

 

 みんな文句は言うけれど、提案はしない。意見を言わないからと進めると、ケチをつける。じゃあどうしたいの? と聞くと――


「スローガンねえ」


 はん、と鼻で笑う三ツ矢のように、ディスるのだ。

 トワはこのクラスの冷えた雰囲気にもおかまいなしで、はいっと勢いよく手を挙げた。教壇上にいるのだから、普通に喋れば良いのに。


「それならば是非、天使モチーフで行こう! 縁日はもともと、神様と縁を結ぶためのものなんだぞ」


 ここで自分を押し切るのはさすがだと思う。

 

「うわ」

「出たよ」

「謎の天使縛り」


 方々から上がるブーイングにも、トワは負けない。

 

「ボクは羽根を背負って店番する!」


 ぐっと体の前で両手を握って、気合を入れてみせる。

 

「だっさ」

「はずい~」


 いい加減、僕はイライラしてきた。

 

 考えないくせに否定だけするのは、とてもとても楽なことだ。あたかも自分が上の立場になったような気分になるけれど、実は何も生んでいない。ダメ出しとも違う。けなすだけ、に脳みそは使わない。ただただ悪口を言えばいいのだから。

 

(何がしたいとか、こうすればいいとか、言えもしないくせに)

 

 転入してきたばかりでやりたいことを主張するトワの方が、よほどすごいし、見習わなければと思った。ましてや、病気を背負っている。


(天使くんにとっては、これが最後の文化祭かもしれないんだ)

 

 僕の心がこんなに粟立あわだつことなんて、滅多にない。今までは全部諦めていたから。でもそれはと何が違う? ――頭の中に、昔の記憶が鮮明に蘇る。醜い顔で僕を取り囲むかつてのクラスメイトたち。事実でも証拠でもないことを、あたかも正義であるかのようにわめき散らす醜悪な面々と、今の彼らとが重なって見えた。


(僕は、違う! 奴らとは、違う!)

 

 衝動的に、僕はガガッ! と椅子から立ち上がった。姫川さんもトワも、驚いた顔をこちらに向けている。それはそうだろう。僕はみんなの前で発言するタイプじゃない。


(ああしまった。……でももう、後には引けない)


「あのっ……しらうみ天国て、どうかな。天国みたいに、楽しく遊んでもらうのがコンセプト。クラスTシャツは、青と白とかでっ、デザインもさ、そ、そそ空みたいにしたら……」


 僕は、一生懸命考えた。そして、意見を言った。バカにされてもいい。ものすごく怖いし落ち込むだろうけど。何も言わないよりは、ずっといい。

 

「なるほど! 青Tシャツの背中に白い翼モチーフで白エプロンって可愛いかも。女子は白いフリフリとか」


 姫川さんが、乗ってくれた。それに大きく頷いたトワが同調する。


「うん、いいね! 女子は青いTシャツに白エプロン。男子は白いTシャツに青エプロンって分けるのも良くないか!? それなら予算もそれほどかからないだろう」


 白崎さんがみるみる明るい顔になって、言った。

 

「うんうん! エプロンに自分の名前とか刺繍するのも可愛いかも! ワッペンでも、レースでも、自分流カスタマイズで個性出せるし」


 すると、他の女子たちも火がついたようで、様々な意見が出た。お揃いのヘッドドレスを作ってはどうか、とか。羽根を背負う人の役目を決めたらどうか、とか。

 男子も、青エプロンなら抵抗ないし、『祭』の文字をデカデカ入れてもいいかも、とか。

 活発な意見交換がされて、非常に前に進んだLHRになった。僕の意見がきっかけでこんな風になるだなんて、初めてだ。


 僕は方々から飛び出す色々な意見の波に呑まれて、へろへろと椅子に座り直す。

 姫川さんが、眉毛を八の字にして僕を見つめている。明らかに心配しているその表情に、僕は「多大なるご心配をおかけして大変申し訳ございません」の気持ちだ。

 

 ――やっぱり、向いていない。


   †


 なぜか僕は言い出しっぺ扱いで、教室とTシャツのデザインを請け負うことになってしまった。もちろん僕にそんなスキルはないので、影のデザイナーは姫川さんである。

 ハイスペックのパソコンなら家にあるぞ、というトワの家に放課後集合して、三人プラスワンでワイワイ考えたのは内緒。

 

 プラスワン、というのはアンジだ。

 

 クラスTシャツはネット注文できるけれど、縁日の材料――ゲームやら設置の台やら――は少し遠いホームセンターまで買いに行かなければならない。買出しにバイクがあれば便利だと、アンジにも声を掛けた。けれど最近のアンジは寝てばかりで、理由を聞いても「そういう時期だから」という訳の分からない返事が来た。何か家庭の事情でもあるのだろうか、と深くは聞かないことにしている。昨日も、トワの家のテーブルで話し合いをしている三人の背後で、ごろりと横になっているだけだった。


 朝の教室でも、早速机に突っ伏して寝ているアンジを心配しつつ、僕は自分の席で資料の確認をする。

 今日から二週間は、学校全体が文化祭の準備期間に入るため、朝のHRでデザインと作業配分の発表がされるからだ。

 トワがパソコンで資料をまとめて、学校のプリンターを借りてコピー済のそれを、僕がホチキスで製本しただけだけれど、いざとなると緊張する。

 

「いいじゃん」


 白崎さんが、僕の後ろから覗きこんで言ってくれた。


「ありがと!」


 僕が今見ていたのは、昨日できあがったTシャツのデザインだ。

 男子は白地、女子は青地のTシャツは、どちらも白地には青の線、青地には白の線で背中に大きく天使のような羽根が描かれている。コンセプトはGo to HeavenならぬPlay to Heavenで、左胸にロゴで入れた。

 女子のエプロンは白地のフリフリでメイドみたいなもの。男子はデニムエプロンの腰巻タイプで、ひとり三千円までという予算カツカツになったため、カスタマイズは自費でご自由にどうぞだ。

 

「天使て。あいつまじでそう思ってんなら、やべえよな」


 白崎さんの横から茶々を入れてくるのは、いつもの三ツ矢だ。今のところ、文句しか言っていない。

 

「いいじゃん。まじで天使みたいだもん、見た目」

「あ?」


 白崎さんは、頼むから火に油を注がない、もとい、ゴリラにバナナを与えないでいただきたい。

 

 でも、僕は知っている。白崎さんの推しも、中性的で華奢で可愛い感じだ。文化祭委員の話し合いの時、白崎さんはトワの顔面に見惚れていて、トワは全然気づいていないのがまた面白い。

 天使に対抗する不憫なゴリラの構図を想像して、僕は吹き出しそうになるのを必死で我慢した。

 

「おい。なんだその顔」


 べし、と三ツ矢はまた僕の後頭部を叩く。結構痛くて「うぶっ」と声が出た。吹くのを我慢していたから変な声になったんだけど、白崎さんがキャハハと楽しそうに笑ったから、まあいいか。

 三ツ矢のヘイトがごりごりと溜まっていっているけれど、僕にはどうしようもなかった。

 

 ――どうにかすれば、良かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る