第15話 覗くべからず

 やってしまった。最低だと、自分でも思う。いや、もはや万死に値するだろう。ここが出張先ではなかったら真っ先に首を吊っていた。事故とはいえ女の子を……それも裸を覗いてしまうなんて。やはり首を吊るべきか。いや、切腹した方がいいかもしれない。


 クローディアは、昔姉替わりだった人に言われた言葉を思い出し、後悔に駆られていた。


『自分がされて嫌なことは、人にやっちゃだめなんだよ!』


 どうにかしてミファに謝らなくてはと思い立ち、脱衣所の扉の前で正座する。そっと中の様子を伺うと、何かもごもご言っている。きっと、物凄く怒っているのだろう。


「あの、本当に、ごめん……ちゃんとノックすればよかったです。反省してます――」



 ◇ ◇ ◇


 クローディアの全力の謝罪が聞こえる。腹を切って詫びるとか、なんでもするとか、映画に出てくる武人のようなことを言ってるが。だが、顔についた洗顔クリームで息ができず、うまく声が出ない。なんとか水道の蛇口をひねったが、クローディアの謝罪はずっと続いている。


(そんなに謝らなくてもいいのに……!)


 顔に思いっきり水をかけ、下着を着けて扉を開ける。


「大丈夫だからっ!ホントに、気にしないで!」

「…………」


 クローディアは顔を真っ赤にして、下を向き黙り込んでしまった。


 その時ミファは気付いた。己の、あられもない姿を。



 10:28


「――あったよ!」


 ヴェロニカが失くした髪留めを脱衣所で見つけ、ようやく落ち着く。クローディアはまだ顔が赤く、ミファと目を合わせない。ちゃんと服は着ているが、先ほどの下着姿が脳裏から離れない。


「そんなに気にしなくてもいいのに……」

「いや、でもさ……」


 珍しく気落ちして、ヴェロニカの髪飾りを指先でいじっている。クローディアにとって、”覗き”とは人の尊厳を踏みにじる最低な行為に等しいようだ。


「えっと……お母さんとかのは、見たことなかったの?」

「親、いないんだ…………その、これは、みんなには言わないでほしいだけど……」


 そこでようやくミファの顔を見て、ぽつぽつと話しだした。所長にも、誰にも言えなかった、汚い秘密。彼女には話してもいい気がしてきた。


「もちろん、誰にも言わないよ」


 クローディアは意を決したように言葉を絞り出した。


「……昔、その」

「ねえ!わたしの髪飾り、見つかったー?」


 二人の話を遮るように、ヴェロニカが部屋に入って来た。


「――脱衣所に落ちてたよ!はい、もう失くさないでね」


 クローディアは先ほどまでの様子からは一転し、明るいトーンで返した。ヴェロニカも、髪飾りが見つかって嬉しそうだ。


「ありがと!……そうだ、後であっちの部屋で会議するから、準備しといてね」

「わかった……じゃあ、ぼくはこれで」


 そそくさと立ち去ってしまったクローディアを見て、どうしたものかと思案した。追いかけるべきか、そっとしておくべきか。


(でも、他の人には訊かないほうがいいよね……?)


 また、機会があったら聞いてみよう。今はそれよりも事件の解決が急務だ。





 11:02

 

 男二人が泊まる部屋に集まり、今後の方針を決めることとなった。だが、朝と比べてどこか空気が重苦しい。ヴェロニカは俯いて黙りこくり、クローディアは何かを睨みつけるように足元に視線を送る。ルドルフが重い口を開き、話しはじめた。


「オレたちは脅迫犯の捜査以外に、別の目的があってセルテリアまで来た――お前さんの今後や、今回の依頼にも関わることなんだが、聞いときたいか?」


 別の目的、とは何だろうか。3人の様子から察するに、〈タナトス総合警備保障〉が関わるのは間違いなさそうだ。


「……はい。話せる範囲で構わないので、聞かせてください」

「わかった」


 ルドルフは語り始めた。L・Tの依頼以降に起こった事件や、古代遺物の回収について。〈タナトス総合警備保障〉が、古代遺物を悪用している可能性があることや、セルテリアの〈天使伝説〉が〈預言〉と何かしらの関わりがあること。そして、ヴェロニカが人間ではなく、人形であることも。


「えっと……つまり、皆で頑張って事件を解決して、古代遺物を回収したらいいってことですよね?」


 想像の3倍ほどポジティブな回答に、一同が唖然とする。ヴェロニカが思わず尋ねた。


「ミファはそれでいいの?危ない目に遭うかもしれないのよ?」

「大丈夫!私、結構図太いから!」

「でも……怖くないの?」


 ――人外が、傍に居て。


「最初はびっくりしたよ。だって――」


 ミファはそう言いながら、ヴェロニカの頬をむにっとつまんだ。


「こんなに表情豊かでかわいいのに、人形だなんて!私はヴェロニカちゃんが人形でも微生物でも大好きだよ~」

「ちょ、ちょっと!くすぐったいわ」


 ミファの返答に安堵したようで、いつものように笑った。


 




 


 



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