第12話 覚悟

「協力、と言うと?」


 目の前の男――警察署長はルドルフを見据え、冷静に問いかけた。知り合いとしてではなく、あくまで”警察”と”裏稼業者”として。だが、ルドルフもその対応は織り込み済みだ。本来なら交わることのなかった人間同士、生きて再会できたことを喜べたらどれほど良かっただろうか。

 それでも、お互いに譲れない矜持や流儀がある。ルドルフはミファのため、ハインツは市民のためにやるべきことをするだけだった。


 ルドルフはハインツの目を見、話を続けた。


「〈解決組合我々〉は今、事件の渦中にある〈メリッサ〉本人から犯人の捜査とライブの再開を依頼されています。ですが、警備の強化によって市内を自由に動けないのが現状です。そこで、犯人を追及する代わりに――」

「君たちの非合法な行いを、見逃せと?」


 ハインツは語気を強めて話を遮る。警察署長ならば当然だろう。むしろ、この非常時に面会が叶った時点で奇跡だ。非合法スレスレの限りなく”黒”に近い裏稼業の人間――それも外国人だ。一見冷たい対応は、組合員以外の全ての人にとって正解と言えるだろう。

 

 それでも、ここで折れるわけにはいかない。もう姿を晒してしまった以上、どうにかして見逃してもらう必要がある。誓約書を書かされるか、人質を取られるか、はたまた問答無用で逮捕か。


「君が、また人を傷つけないという保証がどこにある?それに、最近は得体の知れない浮浪児も雇ったそうじゃないか」


 人が訊かれて嫌なことを平然と追求する。数年前にはこのやり方で軍部の中枢を掌握したと聞いていたが、想像以上のやり口だった。

 ここで感情的になるのも彼の思うつぼだ。それでも、助手を侮辱されて黙っているわけにはいかなかった。


「……確かに、オレのことは信用できないでしょう。ですが――」


 ルドルフは、濁った青い瞳でハインツを睨みつけた。


「〈解決組合オレ〉の助手を、そう簡単に悪く言わないで頂きたい」


 すると、ハインツは少し驚いたように硬直した。少し間を置いて、突然笑いだした。今度はルドルフがその様子に面くらって固まった。


「いや、すまない。君にどれほどの”覚悟”があるのか、気になっただけなんだ」

「……”覚悟”、ですか?」


 ハインツは椅子から立ち上がり、窓の外に目をやった。


「そう……未成年を引き連れて犯罪に関わり、何かあったら責任はとれるのかい?」


 ハインツは、ルドルフを試すように見据えてくる。ルドルフも、強い眼光に負けじと言葉を絞り出した。


「何だってやりますよ。でも本当の犯罪は、何をしたって完全に責任をとることはできない」

「さすがに、わかっているか……なら、なぜ関わらせる?大人しく警護を受けていればいいものを、わざわざ連れ出してまで首を突っ込ませる?」

「それは違います」


 間髪入れずにルドルフが反論した。


「ミファは、首を”突っ込まれる”側でしょう。それに、未成年だからと言って、当事者の意見を――意志ある人間を無視するなんてできない。オレには、そんなこと出来ませんよ」


 ハインツは少し目を細め、また窓の外を見た。


「久しぶりに、君の人間らしい顔を見られたよ……彼女を頼んだ」


 ハインツは胸ポケットから3枚のカードを取り出し、ルドルフに手渡す。それは、捜査関係者を示すパスだった。先ほどまで冷たかった瞳は、警察官としての”覚悟”と、市民を慈しむ心がにじみ出ていた。


「それから、君の助手を悪く言ってしまったことも謝罪しよう――だが、気を付けた方がいい。彼については、公国のどの情報機関でも調べがつかなかった」


 ルドルフはカードを受け取り、慎重に仕舞った。そして、ハインツに向き直る。どこに居ても、彼のやり方は変わらない。


「ありがとうございます――でも大丈夫ですよ。この事件も、あいつのことも、全てオレが”解決”してみせます!」


 




 7:24


 パソコンで情報収集に勤しむミファの横で、ヴェロニカは退屈そうに漫画を読んでいた。人気アニメのコミカライズ作品のようで、背表紙には『UltraMARINウルトラマリン』と書かれている。


「ねぇ、ルドルフたち、遅くない?」

「たしかに……あれ、もうこんな時間!」


 ミファに話しかけ、時間を確認を確認する。ルドルフが警察署に入ってから既に40分ほど経っていた。


「あ~もう!お腹すいた!」


 早朝からの仕事で忍耐の限界がきたらしく、漫画を放り出してじたばたしだした。車が少し揺れ、ミファが慌てて鞄からクッキーを取り出す。


「はい、こんなものしかないけど……」

「えっ、いいの?」

「もちろん」


 ミファは優しく笑い、さらに飴やチョコも差し出してきた。


「ありがとう!一緒に食べましょ!」


 座席に座りなおし、ささやかなお茶会を始める。平静を装ってはいたが、ミファの心には不安が募っていた。


(勢いでここまで来ちゃったけど……本当にどうにかなるのかな…………)


 知らない誰かに脅されてここまで来た。初めは楽しく細々とやっていたのに、今は大勢の人に迷惑をかけ、親や妹にも心配されている。憂鬱だった学校も、行かなければとても寂しく感じられた。









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