第21話 炎の果てに
18:17
聖騎士団と警察の混成部隊をかわしながら、なんとか上層にあるイザベルの医院に到着した。搬送を手伝ってくれた4人に礼を言い、ルドルフの治療が終わるのを待っていた。
「……大丈夫かな」
「あれくらいの怪我なら、1週間くらい経てばまた仕事に戻れると思うよ」
こんな非常事態でもいつも通り冷静なクローディアに、踏んだ場数の差を実感する。経験の差か、育った環境の差か。普通の17歳ならば臆してしまうような場面でも、彼は選択を間違えない。
ヴェロニカはなんとなく、ずっと気になっていたことを訊いてみた。
「そういえば、クローディアって組合に入る前は何してたの?」
2番目くらいに知られたくないことを尋ねられた。顔に出ないよう、少女が納得しそうな言い訳を探す。丁度、良さそうで、かつ確かめようのない半分架空の話を思いついた。
「さっきいた廃咎で暮らしてたんだよ。屑拾いとか、日雇いとか。おんなじように親に捨てられた子たちと一緒に暮らしてた。で、なんとなく上層をふらふらしてた時に所長に勧誘されたってわけ。」
想像していたよりもヘビーな過去の話に、思わず目を丸くする。だからクローディアは強いんだ、と思ったのと同時に、訊かれたくないことを訊いてしまったのだと悟った。
「……そうなんだ。あ、じゃあ、今まで2人が解決した事件の話も教えて!」
「もちろん。何から話そうかなぁ」
気を遣わせてしまったことに少し後ろめたさを感じたが、今は少しでも不安を紛らわせようと1年間の軌跡をたどった。
税務署が爆発した話が終わったあたりで、ヴェロニカが少し眠たそうにうとうとしだした。時刻は20時を回っていて、子どもはもう眠い時間だった。ソファにあったクッション小さい頭の下に置いて、ブランケット替わりに自分のコートを掛けてやる。
ルドルフの〈
そういえば、治療に随分時間がかかっているなと思い立ち、奥の部屋を覗いてる。しかし、イザベルは治療室にはおらず、包帯を巻かれた所長がベッドに横たわっているのみだ。
大丈夫なのは百も承知だったが、なんとなく無事を確認する。呼吸は安定しているし、脈も正常。2時間前の騒動が嘘のように、周りが静まり返っている。
『でも、あんたさあ――』
あの時、イザベルは何を言おうとしていたのだろう。自分に関わることなのはわかっているが、何か個人的に話すようなことはあっただろうか。
1年前。組合に入ってすぐの頃、イザベルにカウンセリングを受けるよう勧められたことがある。その時曖昧にした返事を、聞きたいのかもしれない。
ぐるぐる考えていると、後ろに人の気配を感じた。振り返ると、件の女医が立っていた。
「もう、わかってるわよね?」
「……別に、大丈夫だよ」
聞かれたくない、聞かないでくれと目で訴える。まだ、整理がつかない。何か、とんでもないことを言ってしまいそうな気になる。
そんな少年の心中を察し、語気を弱めて話し始めた。
「なにも洗いざらい言わせる気はないわ……でもね、あんたは自分で思っているより不安定。所長殿は気を遣って何も言わないみたいだけど、私は医者だから言うわ。私じゃなくてもいいから、何か、誰かに相談しなさい」
それでも、少年の決意は固まらなかった。今でも、自分が傷つけた人の”声”が、過去の自分が、許してくれないのだ。
『なあ、いつから俺とアンタが同じ立場だって錯覚してたんだ?攫われた他のガキと違って、11番として生きるために産まれたんだろ?幹部司祭の”血”、力を伸ばすのに充実した”環境”――俺が一生かかっても手に入らないモンを沢山持ってたのに、なんでアンタは”自分はかわいそうな被害者”って面してんだ?』
何も、知らないくせに。
『お前、本気で変われると思ったのか?そうやって人を助けて、罪滅ぼしをしたって、過去は消えない__”楽になりたい””許されたい””幸せになりたい”なんて、思っちゃいけないんだよ。お前は』
わかってるよ、うるさいな。
『――上腕と左足の脱臼、肋骨も何本か逝っちまってます。こいつは、潰したほうがいいんじゃ……』
『いいえ、彼は〈華の庭〉で働かせましょう――”クローディア”。古代の言葉で、〈不滅の仔〉を意味します。あなたは今、新しい生を受けて生まれ変わるのです』
それは、ぼくじゃない。
『君、かわいいね』
「――きもちわるい」
気づいたら、声に出てしまっていた。イザベルが心配してバケツを取りに走る音が聞こえる。
「大丈夫か?」
傍らから所長の声が聞こえる。目が覚めたようだ。数時間ぶりに見るその顔は、少し青白かったが大事なさそうだ。話は全て聞こえていたようで、本気で心配そうな顔を向けてくる。
「……あんまり」
「そうか、まあ座れ」
ベッドの下にあった折り畳み椅子を出して、横に座る。自分じゃわからなかったが、クローディアも顔色が悪いらしく「眠くないか」「何か食べるか」と心配してくる。
「今日はありがとうな」
不意に礼を言われ、何のことかわからなくなる。火事のことか、と少し間があって理解した。
「……賃上げ、期待してる」
「無茶言うな、今でも割とカツカツなんだぞ?」
「高いお菓子ばっか買うからでしょ……病気になったら治療費でもっとかさむんだし、今の内に貯金しといたら?」
「オレは断然・健康だ!お前こそ、最近夜更かしばっかしてるだろ」
「終業時間が遅いからです~」
「うるせえ!大体お前はなぁ――」
いつの間にか、普段のような軽口を叩き合っていた。言葉の応酬に小さく笑うと、どこか胸の奥の重さが、ほんの少しだけ溶けた気がした。
――イザベルの乱入で、静かな夜は終了した。
結局その日は、医院のベッドを借りることになった。
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