第三章「白昼」 1
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皆様、こんにちは。
またこの季節がやって来て、また皆様とお会いすることができて、本当に嬉しい限りです。近頃の私はクリント・イーストウッドという有名な海外の映画監督の作品に熱中しており、昨夜も『パーフェクト・ワールド』という脱獄犯と人質の少年の数奇な友情を描いた作品を鑑賞し、今朝を迎えました。夜の十時くらいから
そうでした。大変失礼致しました。久しぶりにこの文章を書こうという気になって、せっかく読んでくださる皆様を置いてけぼりにしてしまいました。このような不安定な情緒であることは皆様も理解してくださるとは思いますが、改めて失礼な行為を働いた旨を謝罪させていただきます。
……やっぱりおかしなテンションで書いているからか、見返すと滅茶苦茶な文章だと改めて実感します。一ヵ月ほど前に私は、世界的文学である『アンネの日記』を読みました。読む前はてっきり、隠れて暮らす生活の中で戦争の模様を描いたり、自分たちに降りかかる状況を克明に表現するような伝記的な作品だと思っていたのですが、彼女があの不条理な世界で産み落としたものは、あくまで十四歳の世界から視えた純粋な「日記」でした。もちろんラジオで耳にする戦況に一喜一憂する姿だったり、ノルマンディー上陸作戦が遂行される場面は史実的な観点でも意義深いものなのでしょうが、それらを忘れられるほど、アンネは自分の日記に「自分」を刻みました。彼女は他の家庭や人間と共に計八人で生活していたのですが、その中で生まれる人間模様や、理解してくれない母と理解してくれるけど踏み越えられない父との関係、戦況の中で芽生えた恋心などは、彼女にしか書けない物語でした。そうやって世界は生まれるのだと、彼女の美しい文章が教えてくれました。難しい言葉や表現で
そんな風に強がってみましたが、文章というものは、やっぱり不思議です。読み書きすればするほど、不思議な印象が生まれます。私は文章の勉強をしたことがなく、ひいては読み物に触れるのも精々平凡レベルなので、行間や響きといった感覚は無いに等しいです。納得させられたり心が動くことはあっても、それがどのようなメカニズムで起きているのかは小学生並の感想しか持てません。
それでも、私の中に感性があることは確かです。私は文章を読むようになって、書くようになって、自分の中にある感性の存在に気付きました。これは映画にも共通して言えるのですが、文章には、何かを没頭させる力があります。何かに没頭したとき、ほんの一瞬、頭の中が空っぽになることがあります。頭の中が空っぽになったとき、残るのは心だけです。しかし心だけでは不安定ですから、思案や考慮を補うように、感性が生まれるのです。そうして生まれた感性は、誰のものでもない、自分のものです。心が夢中になるほんの一瞬、心に瞳が宿るほんの一時、私は、この世界は美しいと感じます。美しく、鮮やかな、彩りに満ちた世界だと気付きます。この世界のどこかには、自分のための色が存在しているのだと、生まれたばかりの感性が問いかけてくるのです。私が感性を忘れない限り、夢のような日々と時間を、いつまでも失くさないでいられるのです。
それを私に教えてくれた、ある一人の人物がいました。
その人は、小説家でした。面白い文章を書いて、楽しい物語を創って、私はその美しい小説に夢中になりました。それから、恋人でした。私はその人の優しいところが好きで、不器用なところも好きで、今日みたいな休日の午後、二人で映画を観て、外に出て、なんでもないようなことを話しながら散歩する日々が、時間が、大好きでした。
しかし、その人は今、私の恋人ではありません。その人と今、一緒に映画を観ることはありません。不格好な目玉焼きを食べることも、買い物袋をリビングまで運んでもらうことも、私の隣で眠りに就き、眠った後にそっとその唇に
だからこそ、全てこれでよかったのです。私がこうして文章を書いているのも、その人の好きだった映画監督の作品に熱中しているのも、未だにその人の小説や、その人と一緒に観た映画だけは本能的に避けているのも、これでよかったのです。その人のことを書き始めてから、急激に涙が止まらなくなったのも、本当に、これでよかったのです。
でももし、一言だけでも私の言葉が聞こえるのだとしたら、一文だけでも私の文章を読んでくれるのだとしたら、この命に代えてでもお願いしたい。それだけは、絶対に、彼の感性に届かせたい。
どうしてあなたは、小説を、書かなくなってしまったの?
あの日から、一年半が経ちました。あの日はちょうど私の三十八歳の誕生日でしたから、今の私は三十九歳で、あと半年ほどで四十歳になります。平均寿命で考えると大体半分を超えたところでしょうか。もう半分となるとあまり想像し難いですが、過ぎてしまえばあっという間なのだと思います。この四十年間も、本当にそうでしたから。
いや、今の言葉は撤回させてください。この五年間ほどは、一日一日が鮮明に思い出せます。特にこの一年半は、全てがたった一日だったように、時の流れが遅く感じました。カレンダーでは日付は変わっていますが、毎日同じ日を繰り返しているような気になります。同じ行動を繰り返すのも、そのためかもしれません。一年半前のあの日を忘れないように、あるいは、忘れるために、時間の感覚を失くしたのかもしれませんね。
あの日私は、彼に別れを告げました。私の誕生日祝いという名目で彼の故郷──と言っても隣駅ですが──に連れ出し、散々自分は良い思いをした挙句、唐突に別れを告げました。その日は一つしか鍵を持っていなかったため、彼に鍵を渡して駅前のネットカフェに泊まりましたが、翌朝には無意味なことだと気付き一度マンションに戻りました。ポストを覗くと二人分の鍵が封筒に包まれてあって、その鍵で中に入ると、部屋の様子はほとんど変わっていませんでした。共同で使っていた物は全てそのままで、彼が集めていた本棚の本も、家電製品も、彼のお金がほとんどだった家の口座通帳もそのまま残っていました。ただ服や髭剃りなどの身の回りの物と、執筆のデータが入っていたUSBだけが、その部屋から消えていました。彼の匂いが消えることはありませんでしたが、私にとって、それは問題ではありません。彼の抜け殻があってもなくても、これからもきっと、彼を忘れることなどできないでしょう。
彼はあの日、私の「話したいこと」を聞いて、どんな印象を抱いたでしょうか。普通の人はあんなことを唐突に言われれば、驚きを隠せないか、もしくは不快に思うでしょう。なぜこんなときにこんなことを言うのか。なぜ自分をこんなところまで連れ出しといて、プライドを傷つけるような最低なことを言うのか。驚きや哀情と共に、相手への怒りや非難、それから不快感が、私に向けられたはずです。そうです。私は彼に不快な思いをしてほしかったのです。そうすれば彼はあっさりと私を突き返して、私を忘れて、彼の進むべき人生へと歩き出していくはずでした。
しかし彼は、私の最低な行動を突き返すのではなく、受け入れてしまった。私の一方的な提案を、説明のつかない決めつけを、理解しようとしてくれた。本当はそうしたくなくても、私の提案だから、私の意思だから、また、自分を犠牲にしてくれた。
そうして彼は、小説を書くことをやめた。一週間後に迫った新作発表のイベントに、彼の姿はなかった。それどころか、イベントは中止され、出版も当然取り止めになった。それ以来、彼が表舞台に姿を現すことはなかった。新作を発表することももちろんなかった。彼は私とだけでなく、世間ともケジメをつけた。その結果、積み上げてきた小説家としての地位は瞬く間に崩れ落ち、出版社やその他の契約会社は彼を相手に訴訟を起こし、噂だと数億円規模にも及ぶ損害賠償が請求されるかもしれないらしい。彼はしがない年上の恋人によって、夢に見ていた人生の全てをぶち壊されてしまった。
私は、選択を誤りました。私の決めた選択によって、彼を現実に帰すどころか、彼の夢を叶えるどころか、私自身が、新たな人生のために歩き出すどころか、誰も得しない結果になりました。私の描いた未来図では、私は、悪者になるはずでした。先ほども言った通り、私の提案は彼にとって、とても受け入れられるものではない最低な提案です。私の存在を重荷に感じていたはずの彼は、あの提案がちょうどいい契機だと感じ取り、自分を悪者に仕立て上げた私を理解し、内心で感謝して、お互いの暗黙の了解の上で関係を終える、それが、私の描いた筋書きでした。
しかし現実は、そうはならなかった。それこそ私の筋書きは、理想に理想を重ねた桃源郷のようなものだったと、今更ながら気付きました。私は確かに悪者になった。今これをお読みになってくださっている皆様も、それは理解してくれるでしょう。お互いを祝福し合った夜、お互いの歓びをこれでもかと分かち合えた夜、そして、忙しい日々の中に生まれた、束の間の安らぎの夜、私は、これらをほんの一時でぶち壊したのです。そんな素振りを一切見せず、相談など一切せず、完全な独断で私たちはこうした方がお互いのためだと、一方的な決心を提案したのです。
ですが、彼にとってその提案は、私からの否定でしかなかった。彼は、最後のあの瞬間まで、真っ直ぐに私を見つめていた。それはつまり、彼にとっての私は、偶然同じ電車に乗り合わせた赤の他人同士から始まり、偶然を繰り返しながら出会い、必然を重ねながら同じ時を過ごし、そうやって私を一人の女性として愛してくれた時期から、何も変わっていなかったのです。彼にとっての私は、仕事で疲れているときでも、執筆で行き詰まったときでも、どんなときでも、一人の恋人でしかなかった。好きと言われれば心は躍り、嫌いと言われれば心は傷む、そんな、単純な存在でしかなかった。単純な存在だったから、彼は受け入れた。複雑に考えて何も見えなくなった私を恨むのではなく、自分は彼女に否定され、その結果が四年半の、もっと言えば、好きな食べ物も嫌いな食べ物も、抜けた髪の毛も落ちた耳垢も、格好良いところも悪いところも、何もかもを知っているたった一人の恋人との、長い夢の終わりなのだと、彼は受け入れてしまった。
今の状況を招いたのは、間違いなく私です。遂に上り詰めた随一の小説家の地位から、ファンの期待も関係者の信用も全て裏切った憐れな過去の人になるまで、時間はかかりませんでした。まるでデビューから上り詰めるまでがあっという間だった分、転げ落ちるのもあっという間だったかのように、彼は僅かな時間で全てを捨ててしまいました。
なぜ彼がそうなったか、何が彼をそうさせたか、知っているのは私だけでしょう。ファンも関係者も様々な憶測で原因を突き止めようとしているようですが、私たちの全てを知っているのは私たちだけですから、永遠に解き明かされることはないと思います。中にはわかりやすく彼を悪者にしようという
彼は今、どうしているでしょうか。私はどうして、彼に想いを馳せればいいでしょうか。もし時間を巻き戻せるとしたら、私はあの決心を変えるでしょうか。あの決心を変え、彼の隣に居続け、今でも幸せな日々を送っていたでしょうか。彼の隣に居続ける、勇気を持てたでしょうか。本当に時間を巻き戻せるのなら、それは簡単なことかもしれません。彼の気持ちは本物で、私の気持ちも本物で、あのまま時計を進ませるだけで、今の状況を回避できたのです。今よりも楽しく、美しく、幸せな現実を選ぶことができるのです。
しかし私は、彼の気持ちを疑った。疑ったというより、現実から目を逸らした。私はいつまでも、夢の中で生きている気になっていたのです。あの日々が忘れられないから、あの時間にもう一度戻りたかったから、絶え間なく進む現実を認めようとしなかったのです。そうして私が出した結論は、彼を道連れにすること。彼とはもう夢のような日々を過ごせないのなら、夢のような時間を送れないのなら、全てをぶち壊してしまおう。全てをぶち壊して、せめて私一人の夢として大切に取っておこう。そのために、彼とは終わりにしよう。なぜならこの夢を見続けるためには、現実の彼が隣に居るのはあまりにも辛すぎる。現実の彼はどこか遠い世界で
それならば、なんで私は彼を忘れられないのでしょう。今でも彼がこの家に残していったものを、どうして大切に取っておいているのでしょう。本棚の本も、彼と一緒に使っていたベッドも、彼が私のために贈ってくれた、本として形になった彼の物語たちも、全く捨てる気になれません。それどころか、たまに彼が手に取っていたり、横に彼が居たことを思い返しては、時間を忘れてしまいます。「夢のような」と認めたのならば、不相応だと諦めたのならば、彼はここに居なかったことにすればいいのに、私にはできなかった。私には、現実を選ぶことなどできなかった。今の現実を選ばず、都合の良い現実だけを切り取って、彼の背中を押した気になっていた。
だからこそ、私には天罰が下った。彼には、そうですね……、ダメです、何も言葉は思い付きません。思い付いていいはずがありません。そもそも私が天罰を受けたというのも正しい表現ではない。天罰などに甘えていいはずがない。私は罪や過ちといった、明白な業を犯したのではない。仮にそうなのだとしたら、彼はもっと同情されているはずです。私の筋書き通り、悪者は私一人で片付けられているはずです。
でもそうはならなかったのは、彼はきっと、自分の非を認めたのでしょう。私の愚かな勘違いを、真実だと仮定したのでしょう。私が彼を信じ切れなかっただけなのに、その原因は自分だと、相手の存在を重荷に感じていたのは私だったと、彼もまた相手を勘違いして、自らを追い詰めたのでしょう。本当は彼も私も、お互いを深く知り尽くしながら、お互いを深く愛し尽くしながら、その代償として、架空の現実に押し潰されたのかもしれません。知り過ぎた代償として、愛し過ぎた代償として、必要のないことまで知り、必要のないことまで愛し、その結果、必要のない現実を受け入れようとしたのかもしれません。
どうして、こうなってしまったのでしょうか。こういう末路が私たちだけに起きたとは思いませんが、たぶん、周りを見渡してもあまりない終わり方だとは思います。一年に一回訪れる春のように、一年に一回、世界のどこかで起きているのかもしれません。いや、春と対になる秋のように、冬を超えた歓びに対する反動が、私たちの日常に突然訪れるものなのでしょう。
今年の秋は、どんな色に染まるでしょう。今年の私の誕生日は、どんな一日に染まるでしょう。去年は勇気を出して、彼の小説を読みました。出版されているものではなく、データとして以前に彼がくれた一ページ17行×40字の未発売のものを読みました。その作品は、前年の同じ日の一週間後に発表されるはずの、四作品目になるはずの、しかし内容は大幅に変更された、彼の残していった物語でした。私はその物語が、大好きでした。その晩も、何度も何度も読み返しました。当然朝まで読み返しました。もし彼が再び表舞台に現れ、あのときの忘れ物を取り返すように四作品目を発売しても、この物語は私だけのものです。この物語を何度も何度も読み返せるのは、私だけです。彼が残していったものは、これからも私のものです。なぜ彼が日の目から姿を消したか、それを知るのは私だけです。私だけが、彼の真実の物語を知っているのです。
もしも私たちが報われるのならば、その方法は一つだけ──、このままずっと、このままでいること。私は彼の夢を見て、彼も私の夢に囚われて現実から逃げ続ける。そうしていられるのならば、私たちは永遠に、夢の中で繋がっていられる。せめてそうしていられるのならば、後悔だけで、現実を生き続けられる。
そうやって私はまた、同じ夢を見続けるのです。
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