第20話校外学習の日
秋晴れの朝。
バスの窓から差し込む光が、制服の肩に柔らかく当たっていた。
今日はB組の校外学習。
行き先は県内の歴史資料館と自然体験施設。
正直、そんなに気の進むイベントじゃなかった。
けれど今日は、ちょっとだけ違って見えた。
バスの席は自由。
だけどなんとなく、私の隣に湊が座った。
「今日、天気いいな」
「うん。秋って感じ」
「こういうのって、寝てる間に着いちゃうのが理想だよな」
「……それ、ただの遠足気分じゃん」
そんな他愛ないやり取りが、いつもよりちょっとだけ楽しい。
同じ空間。視線を向ければすぐそこにいる距離。
普段の教室では感じられない“並んでいる”という感覚。
資料館では、班ごとに分かれての見学。
私と湊、真央、それから何人かの男子。
湊が展示を指差して「これ、意外と面白いな」と言えば、
私も「ほんとだ」とつい笑ってしまう。
いつもの湊。でも、なんだろう
外に出て、制服姿のまま並んで歩いているだけで、
まるで違う世界にいるみたいだった。
午後の自然体験の時間。
落ち葉の散る森の中を歩くコース。
ざわざわとした風の音と、鳥の鳴き声。
湊がふいに立ち止まって、後ろを振り返る。
「なに?」
「いや……詩、ちょっと疲れてそうだったから」
「そんなことないよ。……ちょっとだけ、眠いだけ」
「だったらさ、こっちの道、近道っぽい。こっち通ろうぜ」
誘われるようにその道へ踏み出す。
班とは少しだけ離れてしまったけれど、ふたりきりの時間が、
どこか心を静かにさせた。
木漏れ日が、湊の髪に落ちていた。
私は、それを見ながらそっとつぶやく。
「ねえ、湊」
「ん?」
「……私、最近ね、自分の気持ちがよく分からなくなることがあるの」
「たとえば?」
「嬉しいはずなのに、苦しかったり。
近くにいると、遠く感じたり」
湊は少し考えて、それから、ふっと笑った。
「それって、たぶん“好き”ってことなんじゃない?」
「……そうなのかな」
「オレはさ、好きって、楽しいばっかじゃないって思ってる。
気になるから、苦しい。見たいのに、見たくない。そんな感じ」
私は、湊の言葉を聞きながら、思った。
(この人は、もしかして)
その先を考えるのが、少しだけ怖くて、でもどこか期待していて。
「ほら、行こうぜ。班の連中に置いてかれる前に」
「……うん」
湊が先に歩き出す。私はその背中を追いかける。
木の枝の間から、秋の陽射しが差していた。
ほんの少し、距離が縮まった気がした。
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