第5話 ver5 のっぺらぼうハンター〜顔なき美〜

# 顔なき美


私は美しかった。

少なくとも、鏡に映る私の顔は、そう見えた。


整形手術を重ねること十回。鼻を高くし、目を大きくし、顎を削り、頬を膨らませ、唇を厚くした。私の顔には、もはや生まれ持ったものは何一つ残っていなかった。


「佐藤さん、今回の手術も大成功でしたよ」


担当医の村上先生は、いつも同じ言葉で私を安心させようとした。だが、鏡に映る顔を見るたび、私は違和感を覚えた。それは確かに美しい顔だった。だが、私の顔ではなかった。


「もう少し...もう少し完璧に近づけるはずです」


私はそう呟いた。村上先生は困ったように眉をひそめた。


「佐藤さん、これ以上の手術はリスクが高すぎます。あなたの顔の皮膚は限界に近づいています」


その言葉が、私の中の何かを壊した。


限界?私には限界なんてない。私はただ、完璧になりたいだけなのに。


インターネットの深い場所で、私は「究極の美容法」という噂を見つけた。誰も見たことのない美しさを手に入れる方法。それは「顔を捨てる」ことだった。


***


「本当にこれでいいんですね?」


地下クリニックの医師は、私の決意を最後まで疑っていた。彼の名前も素性も分からない。ただ、彼だけが私の望みを叶えてくれると信じていた。


「はい。私は...顔から解放されたいんです」


私の返答に、医師は深くため息をついた。


「この手術は元に戻れません。あなたの顔の皮膚を完全に除去し、特殊な処置を施します。目も、鼻も、口も...外見上は失われます」


「でも機能は残るんですよね?」


「ええ、特殊な技術で内部構造は保存します。見ることも、匂いを嗅ぐことも、食べることもできます。ただ...」


「ただ、顔がなくなる」


私は静かに言った。それこそが、私の望みだった。


***


手術後、私は初めて鏡を見た。


そこには顔のない女がいた。


つるりとした卵のような白い面。目も、鼻も、口も、眉も、何もない。ただの白い画布。


私は恍惚とした。これが私の求めていたものだった。もう誰かと比べる必要もない。もう足りないと感じる必要もない。私は、ついに自由になった。


だが、自由には代償があった。


街を歩けば、人々は悲鳴を上げ、逃げ出した。「妖怪だ!」「化け物だ!」と叫ぶ声。警察に追われ、私は暗闇に身を隠すようになった。


そして、ある夜、私は彼女に出会った。


美しい女性だった。完璧な顔立ち、輝く肌、艶やかな髪。


彼女を見た瞬間、私の中に新たな渇きが生まれた。


「その顔...欲しい」


私の言葉に、女性は恐怖に目を見開いた。だが、逃げる間もなく、私の手が彼女の顔に触れた。


不思議なことに、私の手が彼女の顔に触れると、彼女の肌が溶け始めた。そして、その美しさが私の白い顔に吸収されていく。


痛みも、抵抗も感じなかった。ただ、彼女の美しさが私のものになっていく感覚だけがあった。


数分後、彼女は顔のない死体となり、私の白い顔には彼女の美しい目が浮かび上がっていた。


***


それから私は、世界中を旅した。パリで見つけた高貴な鼻、ニューヨークで見つけた魅惑的な唇、ミラノで見つけた完璧な頬骨...


一つずつ、私は美しい顔のパーツを集めていった。そして、それらを自分のものにした。


私の顔は日々変化した。時には完全に白い顔になり、時には世界で最も美しい顔になった。私は自由だった。もはや一つの顔に縛られることはない。


だが、私の行動は「のっぺらぼう事件」として世界中で報道されるようになった。顔を奪われた女性たちの遺体が各地で発見され、恐怖が広がった。


そして、彼女が現れた。


「のっぺらぼうハンター」と呼ばれる女性。彼女の名は風間凛。


「佐藤美香、あなたの罪は重い」


彼女は私の本名を知っていた。


「罪?私は自由になっただけよ。この世界の美しさを集めているだけ」


「あなたは人を殺し、その顔を奪った。それは許されることではない」


風間凛の手には、古い巻物があった。


「これは、のっぺらぼうを封印する術です」


私は笑った。


「私を止められるとでも?」


だが、彼女の唱える言葉に、私の体が反応した。痛みが走り、集めた美しさが一つずつ剥がれ落ちていく。


「やめて!私の美しさを返して!」


私は叫んだが、もはや後戻りはできなかった。


最後に見た風間凛の顔は、悲しみに満ちていた。


「あなたは美しかった。整形なんてしなくても」


その言葉が、私の心に刺さった。


私の体は光に包まれ、消えていった。最後の瞬間、私は思った。


本当の美しさとは何だったのだろう。


私が求め続けたものは、結局、顔の中にはなかったのかもしれない。


***


風間凛は、白い灰となった佐藤美香の残骸を見つめた。


「これで終わりです」


彼女は同僚に告げた。だが、心のどこかで彼女は知っていた。


のっぺらぼうは、人間の心の闇から生まれる。美に対する執着、完璧さへの渇望、自己否定...


それらが新たなのっぺらぼうを生み出す限り、彼女の仕事は終わらないだろう。


風間凛は静かに祈った。


「どうか、自分自身を愛せますように」


その言葉は、消えゆく佐藤美香へのものなのか、それとも世界中の誰かへのものなのか、もはや誰にも分からなかった。

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