第8章:黒い夜に立つ者
霧の消えた森に、静けさが戻った。
だがその静けさは、ただの“無”ではなかった。
まるで呼吸を潜めた獣のように、音もなく、確実に近づく気配を孕んでいた。
その気配に、ジョナサンは気づいていた。
気づいていて、それでも目を背けていた。
ここで出会えば、もう“前に進む”しかなくなる。
そんな予感が、胸を焼いていた。
アッシュが不意に立ち止まり、森の一角を指さした。
「……誰か、いる」
その視線の先に立っていたのは、黒いマントを羽織った女だった。
夜に紛れるような長い髪、引き締まった身体、鋭くも静かな眼差し。
彼女の背後には、複数の影がいた。
武装した男たち、女たち。
しかし彼らの目には恐怖も、狂気もなかった。
ただ、ひとつの信念だけが燃えていた。
女がマントのフードを下ろす。
その顔を見た瞬間、ジョナサンは息を呑んだ。
「……ナオミ」
変わらないはずのその瞳が、何かを乗り越えた後の冷たさを帯びていた。
「久しぶりね、“クロウ”」
ナオミは静かに言った。「もう“ジョナサン”とは呼ばない」
「俺は……まだ、戻ってない」
「戻ってこなくていい」
言葉が刺さる。だが、それは怒りではなかった。
「あなたが夜に消えてから、私たちは残された」
「人間でもなく、怪物でもなく。だけど――“まだ闘える者”として」
ナオミの後ろにいた兵士の一人が、シエナを見て眉をひそめる。
彼女の存在が、何かのバランスを狂わせていることに気づいたようだった。
「彼女は……?」
ナオミの目がジョナサンに向けられる。
「守るべきものだ」
ジョナサンの答えに、ナオミは短く頷いた。
「なら、なおさら急がなきゃいけない」
「赤き牙の王は、もう“夜の都市”を支配し始めてる。
あなたが見たのは、ほんの入り口。
あの王は、ただの怪物じゃない。理性と秩序を持った“支配者”よ」
アッシュが一歩踏み出す。「で、あんたらは何者だ?」
ナオミは、焚き火の跡に足を運び、燃え残った木片を踏みしめる。
「“残党”よ。かつて群れに属しながら、王の支配を拒んだ者たち」
「そして私は、反逆の旗を掲げる者――」
彼女の瞳が、闇の向こうに燃えるように光る。
「ナオミ・グレイ。
ジョナサンは言葉を失った。
だがその胸には、何かが灯るのを感じていた。
ナオミはまだ、夜に抗っていた。
彼女なりのやり方で。
「一緒に来て」
ナオミが手を伸ばす。「王の玉座を壊すなら、今しかない」
ジョナサンは迷わず、その手を取った。
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