第9話 決闘


 見渡す限り黄金色の小麦畑の中をゆったり馬車で進んでいく。

 この字面だけ見ると、さぞ馬車の中はのどかな空気をしているように思えるが、実際の空気は張り詰めていて息苦しい最悪の空気だった。

 何故なら、大柄の野蛮そうな男がずっと不機嫌オーラをばら撒いているから。

 ちょっとでも何かをすれば殺されるかもしれないという緊張感から、乗客の殆どは自分の席で固まっていた。

 正直、彼らには悪いことをしたと思うが、こちらにも引けない金貨事情というものがある。

 

(後少しの辛抱だから勘弁してくれな)


 俺は心の中で彼らに手合わせ謝り、馬車の外へ視線を戻しボッーとしていると、不意に服を引っ張られる。

 視線を下に向けると、蒼色の瞳と目が合った。


「……エルフ様。逃げるです」


 今まで見た中で一番真剣な顔でそう告げるメル。

 その際、無意識なのかはたまた意図的なのか、彼女は腕にある長い古傷をさすっていた。

 この様子を見るにおそらく、今彼女が触っているのは昔ゲルドにつけられたものなのだろう。

 あの男の凶暴さを身を持って知っているメルだからこその忠告。

 そして、ようやく見つけた寄生先が消えて欲しくないというか弱い虫の懇願。

 

「嫌だ」


 だが、俺はそんな少女の誠実なお願いを一蹴した。

 何故なら、視界の端でゲルドの野郎がニヤニヤとこちらをキモい顔で見ているのが見えたから。

 そんな俺の内心を知らないメルは心底信じられないといった顔を浮かべる。


「……何でです!?ゲルドはめちゃくちゃ強いですよ。メルはどれくらいBランクが凄いのか分からないですけど、エルフ様なら凄さがよく分かってるはずです。メル達が束になっても絶対勝てないですよ!」

「お、おう」


 それでも何とか説得しようとメルがしてくるが、俺の意見は変わらない。

 というか、多々一で戦うことを想定しているとか逆にやる気満々じゃね?とさえ思ったけど。

 けど、それは違ったようで。


「……メル達じゃ、メルじゃ、ゴミな私じゃ、駄目なのです。全く役に立たないのです。何も出来ないのです」


 ただ負け犬根性を炸裂させていただけらしい。


「……だから、だから、どうか──「うっせぇよ」──アダッ」

 

 負ける前提で話を進めるメルにうんざりした俺はデコピンで中断。

 結構な威力で打ったためメルは額を抑えて蹲った。


「たった三十年しか生きてねぇガキに三百年生きたエルフの俺が負けるかよ」

「……三百年!?」

「へっ、エルフの中じゃまだまだひよっこじゃねぇか」


 俺の年を知り、驚きで目を丸くするメルとは対照にゲルドは嘲笑ってきた。

 うぜぇ、話に入ってくんじゃねぇよ。

 まぁ、大体のエルフが里や村を出るのは五百年とかそんくらいだからな。

 そいつらと比べれば確かにひよっ子なのは間違いないが、年下のガキに言われるのはくそ腹立つ。

 が、ここでおっぱじめると周りの麦に被害が出る。

 大人な俺は怒りをグッと抑えながらメルに向き直った。


「そういうわけで問題ねぇよ」

「なら、良い、ですけど」


 変な横槍が入ったせいか、まだまだメルの表情は晴れない。

 そんな彼女を安心させるように俺は右手を彼女の頭に置きこう言った。


「まだ不安そうだな。大丈夫だっての、万が一、億が一でもねぇ。けど、その一を引いた時は、メル。

「えっ?」


 俺の言っていることが理解できなかったのだろう。

 大きな目をまん丸にさせるメル。


「それはどういう意味です?」

「さぁ、どういう意味だろうな?」


 あえて、俺は彼女からの問いをはぐらかし、休憩場の到着を心待ちにするのだった。


 


 一時間後。


「あんな舐めた口きいたんだ。徹底的にぶっ潰してやんよ」

「そんだけ威勢のいいことを言っといて立つ位置勝手に変えてんじゃねぇよ、カス。バレバレだぞ」

「チッ」


 俺とゲルドは小麦畑を抜けた先にある森の広場で相対していた。

 理由は勿論、出発前にした決闘喧嘩のためだ。


「あわわわっ、本当に大丈夫なのですか?」

「B級相手に喧嘩を売るなんてほんと馬鹿なんじゃないですの」

「デカい」

「エルフの兄ちゃん死ぬんじゃねぇぞ」


 獲物は俺が弓で、ゲルドが大剣。

 捕まえられなければ一方的に俺が攻撃し放題の超有利マッチなのだが、そんな有利不利を理解していないのか、武器の迫力だけで周りのギャラリーは俺の方を心配そうに見ている。


(そんな弱そうに見えるかね?この弓とか結構業物なんだがな)


 俺は苦笑いしながら金貨3枚で買った弦の調子を確かめた後、ポッケから銅貨を取り出した。


「じゃあ、地面に落ちたらスタートな」

「おう」


 ピーーーーン



 ガサッ


「「っ!」」


 銅貨が落ちた瞬間、俺達は同時にその場を飛び出した。

 俺は後ろへ。

 ゲルドは前へ。

 全速力で駆けながら俺は後ろにいるゲルドへ高速の矢を放った。


 キンッ


 が、腐ってもB級。

 ゲルドは大剣を盾にして防いで見せた。


「いきなり目を狙ってくるとはやる気満々じゃねぇか!?」

「最低限の反応速度はあるみたいだな」


 初撃を防いで調子付き出したが、残念ながらこれは小手調べですらない。

 俺は今度は矢を五つ番え放った。

 矢は風によってまるで意思を持っているかのように空中で軌道を変え、上下左右正面の五方向からゲルドへ向かう。


「うおっ!?中々やるじゃねぇか」

「そういうお前は急に余裕が無さそうだな」

「うるせぇ!」


 それもゲルドは何とか防いだが、防具込みの話。

 右方向から来た矢の衝撃を受けて若干体勢を崩し、距離がさらに広がった。

 俺はその隙にチラリとゲルドの後ろを確認。

 ガキ達の姿が米粒サイズになっているのが見えた。

 

(あれくらい離れていればもう問題はないな)

 

俺は即座に弓をしまい、ゲルドへ手を向けてこう言った。


「じゃあ、もっとレベルを上げるから頑張ってくれよな。『風弾エアバレット』×10」

「はっ?」


 次の瞬間、惚けるゲルドを含めた辺り一体を風の弾が吹っ飛ばす。

 数秒後、砂埃が晴れて現れたゲルドの口からは血が滴っていて、数秒前まであったはずの余裕が完全に消えていて。

 俺を見る目が弱者を見る目から対等な敵を見るものに変わっていた。


「ぐふっ、てめぇ、マジで殺す殺す殺す殺す。限界まで取っとくつもりだったが、仕方ねぇ『身体強化フィジカルブースト


 そして、ヤケクソ気味に呪文を唱えると、ゲルドの全身に白いオーラが包んだ。

 どうやら身体強化魔法がこの男の切り札らしい。

 これだけ聞くとしょぼいと思われるが、この世界での身体強化魔法はかなりの高等技術だ。

 魔法を使うために必要な魔法陣が複雑過ぎる上に、消費魔力が多くて青色魔法使いくらい魔力がないと使うことが出来ない。

 が、その高い難易度の代わり発動すると身体能力が三倍に上がるというバグ性能をしている。

 しかし、残念ながらそれだけは俺の命を脅かせるには至らない。


「じゃあ、俺も『身体強化フィジカルブースト』」

「へっ?」


 何故なら俺も使えるから。

 同じように白いオーラを纏った俺を見て、目を丸くするゲルド。

 俺はそんな彼に不敵な笑みを返す。

 コイツが魔法を使えるのは本当に僥倖だった。

 だって──

 

「今度は百発行くぞーー」


 ──本気で魔法を使っても問題ないから。

 俺は再びゲルドに手を向ける。


「ちょっまっ!?」

「『風弾』×100」


 そして、今更ながら自分が竜の尾を踏んだことに気が付いた間抜けの制止を振り切り、俺は魔法の雨を降らす。


「ふざ──ぶほっおぉ、ぶへ」



「がっ、うっ、いたっ、やめ」



「……………」


 雨が止むと、そこには防具もボロボロでヤムチャしているゲルドの姿があった。

 俺はそんな彼にゆっくりと歩み寄り、軽く身体を揺らす。

 反応がない。

 完全に気絶している。

 勝負あり。

 俺の勝ちだ──





 「──けど、こんなじゃ終われねぇよなぁ!?『高治癒ハイヒール』」


 コイツに与えられたストレスを全然解消出来ていない俺は魔法を発動。

 強制的に気絶から回復させた。


「ぐっ、俺は?」


 そんで、気を取り戻したゴミに俺はニッコリと笑いかけこう告げる。


「じゃあ、今度は千発な」

「いやっ、もうむ──「『風弾』×1000』」──ギャアアアアーーーー!」

「おらおら、悲鳴が足りねぇぞ、おい!」


 身体強化の効果時間は約十分。

 それが切れるまで、俺は魔法で気絶させ、回復させ、また魔法を撃つという最高に辛いたのしい遊び執行す興じるのだった。

 


「いやぁ、スッキリスッキリ」

「「「…………………」」」


 魔力のオーラが消えたのを確認して、ガキ達の元に戻るとまるで悪魔を見るような顔をしていた。

 

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